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大阪高等裁判所 平成5年(ネ)2733号 判決 1998年1月29日

目次

主文

事実及び理由 以下略

第一編 当事者の求めた裁判

一 控訴人

二 被控訴人

第二編 事案の概要

第一章 前提事実

第一 a商事の実態

一 a商事の設立から破綻に至るまでの経緯

二 ファミリー商法の構造

三 導入金獲得のための行為

四 導入金の運用実態 以上略

五 a商事の財務状態 以下略

六 a商事の倒産の必然性と倒産による被害の広範性・深刻性

第二 a商事を巡る社会の動きと被控訴人の対応

一 昭和50年代前半から同56年春ころまで

二 昭和56年春ころから第15回消費者保護会議まで

三 昭和57年秋ころから第16回消費者保護会議まで

四 昭和58年秋ころから警察庁主催第2回対策会議まで

五 昭和59年6月ころからa商事の倒産まで

六 a商事の倒産後

第三 控訴人らの本件被害の発生とその後の権利変動

一 控訴人らの被害の発生

二 相続による承継

三 死因贈与による承継

第二章 争点

第三章 争点に関する当事者の主張

(控訴人ら)

第一 総論

一 a商事事件と国の規制のあり方

二 本件の特質と「言明」の法的効果

三 被控訴人の「反射的利益論」に対する反論 以上略

第二 警察庁の責任 以下略

一 警察庁の規制権限と作為義務

二 償還不能詐欺による摘発を抑止した誤り

三 「現物まがい商法」詐欺による摘発を抑止した誤り

四 セールストーク詐欺による摘発を抑止した誤り

五 出資法違反による摘発を抑止した誤り

六 福岡年金トーク事件詐欺による摘発を抑止した誤り

七 外為法違反罪による摘発を抑止した誤り

八 昭和57年11月対策会議における判断の誤り

九 昭和58年秋ころにおける警察庁の作為義務違反

一〇 昭和59年5月の対策会議における判断の誤り

一一 警察の規制権限と保護法益

第三 公取委の責任

一 はじめに

二 消費者行政における公取委の役割

三 金地金の存在を前提とする表示

四 利殖条件の有利性に関する表示

五 a商事の事業者性に関する判断

六 国民の期待

七 結果回避可能性 以上略

第四 法務省の責任 以下略

一 はじめに

二 法務大臣の認識または認識可能性

三 被控訴人の主張に対する反論

四 まとめ

第五 通産省の責任

一 a商事に関する豊富な情報・資料の保有

二 行政指導義務及び他省庁への情報・資料提供の必要性

三 他省庁との連絡協力義務とその懈怠

第六 連絡協力権限不行使の責任

一 はじめに

二 消費者行政における関係省庁の積極的な連絡協力の必要性

三 消費者保護会議決定の対象

四 各省庁のb商法に関する情報・資料の保有状況

五 連絡協力及び規制権限行使の必要不可欠性

六 6省庁の連絡協力の著しい懈怠

七 まとめ

(被控訴人)

第一 総論

一 はじめに 以上略

二 規制権限不行使の違法性について 以下略

三 反射的利益論

第二 警察庁

一 反射的利益論

二 「現物まがい商法」自体による詐欺

三 セールストークによる詐欺

四 出資法違反

五 「福岡年金トーク事件」における詐欺

六 償還不能による詐欺

七 外為法違反

第三 公取委

一 はじめに

二 反射的利益論

三 a商事の事業者性

四 金の現物の存在を前提とする表示についてのぎまん的顧客誘引及び不当表示該当性

五 公取委の認識ないし認識可能性

六 規制権限行使義務要件の不存在

七 控訴人らの主張等

第四 法務省

一 はじめに 以上略

二 反射的利益論 以下略

三 解散命令請求及び警告発出の要件充足についての法務大臣の認識ないし認識可能性

第五 通商産業省

一 はじめに

二 行政指導の裁量性と義務化の要件

三 行政指導の実効性

第六 経企庁等

一 消費者保護会議の責任

二 関係6省庁(警察庁・公取委・法務省・通産省・経企庁・大蔵省)の責任

三 経企庁の責任

第七 結語 以上略

第三編 争点に対する判断

第一章 総論

第一 公務員の不作為による国家賠償責任

一 国賠法1条1項の要件について

二 公務員の不作為の違法性について

第二 控訴人ら主張の裁量権収縮論について

一 はじめに

二 規制権限不行使の違法性判断の要素

第三 控訴人ら主張の「言明論」について

第四 被控訴人主張の反射的利益論について

一 はじめに

二 抗告訴訟における反射的利益論と国家賠償責任との関係

三 国家賠償訴訟の保護法益と作為義務との関連性

四 本件の場合

第二章 警察庁の責任 以下略

第一 警察庁の規制権限

一 犯罪行為に対する規制権限としての警察の犯罪捜査権

二 犯罪捜査に関する警察庁の権限

三 a商事事件の犯罪捜査に関する警察庁の調整権限

四 被控訴人主張の反射的利益論について

第二 警察庁の調整権限行使上の積極的過誤の有無

一 はじめに

二 b商法の犯罪該当性

三 a商事に対する強制捜査の可能性

四 調整権限行使上の積極的過誤の有無

第三 調整権限行使義務及びその違反の有無

一 調整権限行使による刑事摘発の可能性

二 控訴人らの主張について

三 結論 以上略

第三章 公取委の責任

第一 公取委の規制権限

一 独禁法及び景表法上の規制

二 公取委の規制権限

三 公取委の規制権限行使上の裁量権

四 被控訴人の反射的利益論について

第二 a商事の事業者性

一 独禁法2条1項の「事業者」の意義

二 a商事の事業者性の有無

三 被控訴人の主張について

第三 b商法の不公正な取引方法ないし不当表示該当性

一 金地金の現物の存在を前提とした取引の安全性、有利性に関する誤認的表示について

二 金の商品属性に関する表示について

第四 公取委の認識ないし認識の可能性

一 a商事問題に対する公取委の取組みと取得した情報

二 a商事の「事業者」性及び金地金の現物の存在を前提とした取引の安全性、有利性に関する誤認的表示についての認識について

第五 公取委の規制権限不行使の違法性

一 判断基準

二 公取委の規制権限不行使の違法性

第四章 法務省の責任 以下略

第一 法務大臣の規制権限

一 商法58条の会社解散命令制度

二 法務大臣の規制権限

三 法務大臣の規制権限行使上の裁量権

四 被控訴人の反射的利益論について

第二 a商事の商法58条1項該当性

一 商法58条1項1号該当性

二 商法58条1項3号該当性

三 公益維持の要件及び結論

第三 法務大臣の認識または認識可能性

一 消費者保護会議による認識または認識可能性

二 国会審理に基づく認識または認識可能性

三 警察庁との協議による認識ないし認識の可能性

四 各省庁の通知義務に基づく認識または認識可能性

五 多岐にわたる調査権限による認識ないし認識の可能性

六 まとめ

第四 法務大臣の規制権限行使義務及びその違反の有無

第五章 通産省の責任

第一 消費者行政における通産省の責務 以上略

一 消費者保護基本法による被控訴人の責務 以下略

二 通産省の所掌事務とその分掌

第二 通産省の行政指導権限不行使の違法性

一 通産省の行政指導権限

二 行政指導の不作為の違法性

三 通産省がa商事に対し行政指導を行わなかったことの違法性について

第三 他省庁との連絡協力義務違反

一 はじめに

二 公取委及び法務省に対する連絡協力義務の違反

三 警察庁に対する連絡協力義務の違反

第六章 連絡協力権限不行使の責任

第一 消費者保護会議の責任

一 はじめに

二 消費者保護基本法

三 消費者保護会議の役割及びその運営

四 消費者保護会議の国法上の地位及びその権限の性質

五 消費者保護会議決定の意義

六 結論

第二 関係6省庁の連絡協力義務懈怠による責任

一 はじめに 以上略

二 連絡協力義務の有無及び各省庁の連絡協力不作為の違法性 以下略

三 第15回及び第16回消費者保護会議決定の対象とその内容

四 6省庁の連絡協力の不作為の違法性

第三 経企庁の責任

一 はじめに

二 経企庁の所掌事務

三 経企庁の関係省庁招集等の権限

四 経企庁の所掌事務とa商事問題

五 経企庁の「総合調整」権限不行使の違法性

第七章 結論 以上略

控訴人らの表示 別紙控訴人目録兼請求目録(一)及び同目録(二)記載のとおり 略

控訴人ら訴訟代理人の表示 別紙控訴人ら訴訟代理人目録記載のとおり 略

被控訴人の表示 別紙被控訴人目録記載のとおり 略

被控訴人指定代理人の表示 別紙被控訴人指定代理人目録記載のとおり 略

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実及び理由

第一編当事者の求めた裁判 略

第二編事案の概要 略

第三編争点に対する判断

第一章総論

第一公務員の不作為による国家賠償責任

一  国賠法1条1項の要件について

国賠法1条1項は、「国または公共団体の公権力の行使に当たる公務員が、その職務を行うについて、故意または過失によって違法に他人に損害を加えたときは、国または公共団体が、その賠償をする責に任ずる。」旨規定する。

右条項の「公権力の行使」とは、国または公共団体の私経済作用及び国賠法2条の対象となるものを除くすべての活動を意味し、権力的行政作用のみならず、行政指導などの非権力的行政作用も含まれ、また、作為のみならず不作為の態様のものも含まれると解される。

そして、公務員の不作為が右条項の「違法」と評価されて国または公共団体の賠償責任が認められるためには、当該公務員の不作為が作為義務に違反するものでなければならないというべきである(最高裁判所昭和61年(オ)第329号、第330号、平成3年4月26日第2小法廷判決・民集45巻4号653頁参照)。

ところで、右条項は、国または公共団体の公権力の行使に当たる公務員が個別の国民に対して負担する職務上の法的義務に違背して当該国民に損害を加えたときに、国または公共団体がこれを賠償する責に任じることを規定するものである(最高裁判所昭和53年(オ)第1240号、同60年11月21日第1小法廷判決・民集39巻7号1512頁)から、右条項にいう「違法」とは、公務員が個別の国民に対して負担する職務上の法的義務に違背することを意味するものと解するのが相当である。

したがって、公務員の不作為が違法となるのは、公務員が個別の国民に対して負担する職務上の法的義務違反と評価できる作為義務に違反した場合ということができる。

二  公務員の不作為の違法性について

ところで、本件は、被控訴人の公務員である警察庁、公取委、法務省等の担当職員がa商事のファミリー商法に対し規制権限を行使せず、通産省の担当職員がa商事に行政指導をしなかったため、控訴人らが右商法により被害を被った等として、被控訴人にその賠償を求めるものであって、公務員が私人に対して規制等を行わなかったことが右私人とは別個の第三者に対する職務上の法的義務違反といえるかが問題となる。

公権力の行使に当たる公務員が私人に対して行政作用を行う場合、原則として、その権限が法令によって当該公務員に授権されており、右法令に規定する要件に該当する具体的事実が発生していることを要する。したがって、法令によって公務員に権限が授権されていない場合や、授権されていても法令に規定する要件に該当する具体的事実が発生していない場合には、原則として、公務員に当該行政作用を行う職務上の法的作為義務があるとはいえない。特に、公務員が高権的立場に立って私人に対し規制等の行政作用を行う場合には、いわゆる「法律による行政の原理」から、必ず法律の授権が必要であって、これがない場合には、右作為義務もないというべきである。

そして、法令によって公務員に権限が与えられており、その法令に規定する要件に該当する具体的事実が発生している場合であっても、当該公務員が右法令によって授権された権限を行使しなかったからといって、右公務員の権限不行使が、直ちに、国賠法1条1項の違法と評価される職務上の法的義務違反になるものではないというべきである。すなわち、私人に対し行政作用を行うべきことが法令の明文をもって規定されており、あるいは法令の解釈によって一義的に定まるようなときであっても、公務員の権限不行使が権限行使の名宛人である私人とは異なる第三者との関係で、必然的に、法令上の作為義務になるわけではないから、公務員の右権限不行使が、直ちに国賠法1条1項の違法と評価される職務上の法的作為義務違反になるとはいいがたい。更に、公務員に権限行使の裁量があるときには、その権限を行使するか否かや、行使の時期について公務員の判断に委ねられているのであるから、右法的作為義務違反になるといいがたいことは、より明らかである。

しかしながら、国賠法は実質的には民法の特別法と解すべきであって、国賠法1条1項の損害賠償責任の性質は、民法上の不法行為による損害賠償責任のそれと異なるものではないから、同条項の「違法」も民法709条の不法行為の成立要件である「権利侵害」、すなわち「違法性」と同様に、損害の公平な分担という観点から、被侵害利益の種類・性質と侵害行為の態様の相関関係によって実質的に判断すべきであり、権限不行使の違法性の根拠となる作為義務も法令に規定がある場合に限らず、慣習や条理に基づくものも含むと解すべきである。また、権限行使の要否や時期の判断が公務員に委ねられていても、その判断が恣意的になされてはならないことはいうまでもなく、裁量権を濫用してなされた行政作用については、客観的に正当性を欠くものとして違法になると解すべきである。

これらを考えあわせると、公務員の権限不行使がおよそ違法になることはないということはできず、右権限不行使が職務上の法的作為義務に違反するか否かは、権限の根拠となる法令のみならず、慣習・条理等をも斟酌し、具体的な事情の下で当該公務員に権限が付与された趣旨・目的に照らし、その不行使が著しく不合理であるかどうかによって決せられるべきである。

そして、このように、国賠法1条1項の「違法」を実質的に判断することからすると、行政作用法上の根拠規定なく行われる行政指導といった行政庁の事実行為等についても、公務員がこれを行わないことが具体的な事情の下において、著しく不合理である場合には、職務上の法的作為義務に違反すると解される場合があるというべきである。

第二控訴人ら主張の裁量権収縮論について

一  はじめに

控訴人らは、公務員に規制権限が与えられているが、その権限を行使するか否かについて公務員の裁量に委ねられている場合であっても、①国民の生命、健康、自由、財産、名誉に対する大きな危険や危害が切迫している状況であって(危険の切迫性)、②行政庁が右危険や危害を知っているかまたは知りうる状態にあり(危険の認識または予見可能性)、③行政庁において規制権限を行使すれば、結果の発生を防止することができる場合(回避可能性)には、裁量の余地がなくなって、規制権限の行使が義務となり、行政庁が何らの規制にもでない場合には、そのような不作為は違法性を持つ旨主張する。

二  規制権限不行使の違法性判断の要素

確かに、前記のとおり、公務員に規制権限行使の裁量権が与えられている場合であっても、その権限の不行使が違法となる場合があり、そのような場合には、国家賠償責任を免れるためには規制権限を行使しなければならなくなるという意味で規制権限行使の裁量権が収縮し、規制権限の行使が義務化したということができるし、規制権限の不行使の違法性を判断するに当たっては、控訴人ら主張の事情が斟酌すべき重要な要素となることは否定できない。

しかしながら、前記のとおり、公務員の権限不行使が作為義務に違反し、違法となるか否かは、右権限の根拠となる法令のみならず、慣習・条理等をも斟酌し、具体的な事情の下で、当該公務員に権限が付与された趣旨・目的に照らし、その不行使が著しく不合理であるかどうかによって決せられるべきであるから、これを判断するに当たっては、控訴人らが主張する事情のみならず、権限不行使の前後にわたる一切の事情が考慮されるべきである。

すなわち、公務員の権限不行使が著しく合理性を欠くか否かは、行政権限の行使に裁量権を付与した法の趣旨、目的、当該法規の定める裁量の幅の大小、規制ないし監督の相手方及び方法等を前提として、控訴人らが主張するような右①ないし③の事情や、④当該公務員が当該規制権限を行使しなければ結果発生を防止しえなかったこと(補充性)、⑤国民が当該公務員による当該規制権限の行使を期待し、あるいは期待しうる状況にあったこと(国民の期待)といった権限行使の不行使が違法と判断されることについて積極的に作用する事情のみならず、権限行使に支障となる事情の存否、従前の同種事例において行政庁の採った措置との均衡、当該事案において行政権限を行使しない代りに、その前後にわたり具体的に採られた行政措置の有無とその内容といった、右判断に消極に作用する事情、更には、直接の加害者、被害者側の個別具体的な事情等諸般の事情を総合考慮して決すべきである。

したがって、前記①ないし③の事情のみをもって、公務員の規制権限不行使の違法性を判断しようとする控訴人らの主張は採用できない。

第三控訴人ら主張の「言明論」について

控訴人らは、行政庁が国民に迫っている危険や危害を排除し予防することを国民に言明している場合、その「言明」には、(1)「認識」の表明、及び(2)「意思」あるいは「意欲」の表明という二面性があり、右「言明」は、裁量権収縮あるいは裁量権濫用の判断のための3要件ないしは5要件の充足を推認させる重要な間接事実となるだけではなく、規制権限を有する行政庁の権限行使の裁量の幅を収縮させ、あるいは行政庁の裁量権の不行使が著しく不合理と判断させるものである旨主張する。

確かに、控訴人ら主張の「言明」が右のようなものであれば、控訴人ら主張のような二面性があり、右「言明」がなされた時期・場所やその内容等によっては、公務員の権限不行使が著しく不合理であると判断される場合があることは否定できない。

しかしながら、控訴人ら主張の「言明」は、規制権限行使の要件が充足されていなかったり、右権限行使の障害となるような事情があったりするのに、これを認識せず、あるいはその判断を誤ってなされるというような場合も考えられ、このような場合には、右のような「言明」をした行政庁に、政治的ないしは道義的責任があることは別として、その行政庁の公務員が右「言明」に反して規制権限を行使しなかったとしても、その不作為が違法とされるいわれはない。また、控訴人ら主張の「言明」が正しい認識・判断のもとに行われるとしても、その内容があいまいで、行使する権限の種類、内容、権限行使の時期、方法、程度等が一義的に明確でない場合もある。これらを考えあわせると、控訴人ら主張のような「言明」がなされたからといって、そのことだけで、直ちに、その行政庁の公務員がその有する規制権限を行使しないことが著しく不合理であると判断することはできないといわなければならず、結局、行政庁により控訴人ら主張の「言明」がなされたことは、当該行政庁の公務員の権限不行使が著しく不合理であるかどうかを判断するための具体的な事情の1つにすぎないというべきである。

そして、被控訴人の行政庁が、ある事象に対して言動や決定を行った場合、それが果たして規制権限の行使を意味しているのかどうかをまず確定する必要があるし、また、右言動や決定が規制権限の行使を意味するものであるとしても、その内容は千差万別であって、公務員の規制権限不行使の違法性判断に及ぼす影響にも程度の差があることから、それがいかなる規制権限を、どのような時期に、どのように行使するものなのか等具体的に確定した上で、他の事情と総合考量し、公務員の権限不行使が具体的な状況下において、著しく不合理であるか否かを判断する必要があるというべきである。

第四被控訴人主張の反射的利益論について

一  はじめに

被控訴人は、反射的利益論として、公務員の規制権限不行使が国賠法1条の適用上違法と評価されるためには、当該規制権限を行使する義務が、個別の国民に対して負担する職務上の法的義務であることが必要であるとした上、規制権限を定めた行政法規が、専ら公益の保護を目的としているとすれば、その趣旨は、公益を保護することにより、それを通じて個別の国民の利益の実現を図ろうというものであるから、国民の利益は、公益の中に解消されており、当該公務員が個別の国民との関係で、当該規制権限行使の義務を負う関係には立ち得ず、その不行使が国賠法1条の適用上、違法と評価される余地はない旨主張する。

二  抗告訴訟における反射的利益論と国家賠償責任との関係

反射的利益論は、もともと抗告訴訟における原告適格に関して立論されたものである。すなわち、行政事件訴訟法は、行政処分等の取消しを求めて出訴することができる者の資格を「法律上の利益を有する者」(9条)と規定しているところ、取消訴訟は、法が行政処分の内容や手続等が一定の私人の利益を保護する目的で定められたものである場合、これに違反した行政処分がなされたことによって、当該私人の法によって保護された権利を侵害したことになるから、右私人に救済措置として認められたものであって、右規定の「法律上の利益」とは「法律上保護された利益」を意味する、しかし、法が公益を保護する目的で定められたものである場合は、これに違反した行政処分であっても、侵害されるのは公益にすぎず、仮に、このような法規があることによって私人が実際に利益を有するとしても、それは「反射的利益」にすぎないから、このような私人に取消訴訟の原告適格を認めることはできないとする考え方である。

これに対し、国家賠償責任は、前記のとおり、民法上の不法行為責任と本質を同じくするものであって、国家賠償における違法性も、民法上の不法行為と同様、公務員の公権力の行使によって法的利益を侵害された私人に対し、事後的に救済を図るため、損害の公平な分担の見地から、法令のみならず、慣習や条理等をも考慮しながら被侵害利益の種類・性質と、侵害行為の態様の相関関係によって実質的に決すべきであるから、右判断に当たっては、個々の具体的な事情も考慮しなければならない。

このように、抗告訴訟の原告適格と国家賠償請求の違法性とは判断の場面を異にするばかりか、抗告訴訟と国家賠償請求とは制度の趣旨も違い、判断すべき要素も異なるというべきである。したがって、取消訴訟の反射的利益論を考慮して国家賠償訴訟にも取り入れ、規制権限を定めた行政法規が専ら公益保護を目的としている場合には、個別の国民との関係で、その不行使が国賠法1条の適用上、違法と評価される余地はないとの被控訴人の主張は、失当といわなければならない。

三  国家賠償訴訟の保護法益と作為義務との関連性

もっとも、民法上の一般不法行為では、損害賠償を請求する者の主張する被侵害利益がおよそ不法行為法上の保護に値しない場合、侵害行為の態様との相関関係を論じるまでもなく、違法性がないというべきであって(最高裁判所昭和57年(オ)第902号、同63年6月1日大法廷判決・民集42巻5号277頁以下参照)、民法上の不法行為責任と本質を同じくする国家賠償責任においても、国家賠償を請求する者の主張する利益が、不法行為法上の保護の対象にならない場合には、これが公権力の行使によって損なわれるとしても、右公権力の行使が国賠法1条1項の「違法」にはならないというべきである(前記最高裁判所平成3年4月26日判決参照)。

また、前記のとおり、公務員の不作為が国賠法1条1項の「違法」となるためには、その前提としてその公務員に作為義務があることを要するが、この作為義務は、国家賠償請求者の主張する法的利益に対応するものでなければならず、その作為義務の種類、内容との関連において、その不作為が右法的利益に対する介入として、社会的に許容しうる態様、程度を超えたものと評価されない限り、国家賠償責任の成立を認めることができないと解すべきである(前記最高裁判所平成3年4月26日判決参照)。

このように、国家賠償請求者の主張する被侵害利益が保護法益に当たらず、また、右被侵害利益が公務員の作為義務と関連性を有しないことから、被控訴人が主張するように、これを「反射的利益論」というかどうかはともかくとして、国家賠償責任の否定される場合があることは認めざるを得ない。

四  本件の場合

これを本件についてみるに、控訴人らは、被控訴人の規制権限不行使によって財産権を侵害されたと主張し、国家賠償を請求するものであって、被侵害利益の保護法益性があることは明らかである。したがって、本件においては、右被侵害利益と関連性のある公務員の規制権限行使の作為義務が認められるかが問題となるにすぎないというべきである。そして、被侵害利益と関連性のある作為義務が認められるか否かを判断するに当たっては、まず、権限の根拠となる法令が被侵害利益を保護するものであるかが検討されなければならないが、右法令が当該被侵害利益を直接保護の対象としないものであったとしても、直ちに当該公務員の規制権限行使の作為義務が否定されるわけではなく、更に、慣習・条理等も斟酌し、具体的な事情の下で当該公務員に権限が付与された趣旨・目的に照らし、その不行使が著しく不合理であるかどうか等から、その関連性が検討されなければならないというべきである。

なお、被侵害利益の保護法益性に関連して、被控訴人は、本件のように被侵害利益が財産権である場合には、これが生命、身体、健康である場合と異なり、その性質上、代替性があり、被害回復の可能性が十分にあることや、行政庁の規制権限行使を待たずとも被害者自身が相当の注意を払うことによって、通常は被害の発生を防止することが可能であることから、規制権限不行使の違法が認められるのは、極めて限られた場合である旨主張する。確かに、被侵害利益が財産権である場合と生命、身体、健康である場合とでは代替性・被害回復可能性や被害回避可能性等の点において被控訴人が主張するような違いがあり、被侵害利益の価値に径庭があることは否定できないところ、前記のとおり、被侵害利益の種類・性質と侵害行為の態様の相関関係によって違法性を判断すべきであるから、被侵害利益が財産権である場合、公務員の不作為が違法と評価されるためには、被侵害利益が生命、身体、健康である場合に比べて、より強度の作為義務違反を必要とするものと解すべきである。もっとも、国家賠償において違法性を判断する場合には、被侵害利益の一般的な性質だけではなく、個々の具体的な事情も考慮すべきであることは前記のとおりであるところ、本件の場合、前記認定事実のとおり、a商事がマニュアル化されたセールストークを、研修により徹底的にたたき込まれた営業社員をして、組織的に、世情に疎く騙され易い階層の老人や主婦を狙って悪質な勧誘行為を繰り返し行っていたこと、控訴人らa商事のファミリー商法の被害者が交付した金銭の多くが老後の生活資金等にするため、倹約を重ねて蓄えてきた預貯金や永年勤め上げた結果得られた退職金等であったこと、控訴人ら被害者の中にはこれらの財産を根こそぎ奪われ、多大な精神的衝撃を受けた者もいること等規制権限を行使される側の事情や被害者側の個別の事情も被控訴人の国賠法上の責任を論じるに当たって考慮されるべきである。

第二章警察庁の責任 略

第三章公取委の責任

第一公取委の規制権限

一  独禁法及び景表法上の規制

1 独禁法

独禁法19条は、事業者は、不公正な取引方法を用いてはならないと規定し、同法2条9項は、不公正な取引方法の意義について、同項各号の1に該当する行為であって、公正な競争を阻害するおそれがあるもののうち、公取委が指定するものをいうと定めているところ、これを受けて、一般指定8項は、自己の供給する商品または役務の内容または取引条件その他これらの取引に関する事項について、実際のものまたは競争者に係るものよりも著しく優良または有利であると顧客に誤認させることにより、競争者の顧客を自己と取引するように不当に誘引すること(以下「ぎまん的顧客誘引」という。)を不公正な取引方法として指定している。

2 景表法

景表法4条は、事業者は、自己の供給する商品または役務の取引について、次に掲げる表示(以下「不当表示」という。)をしてはならないと定める。

(一) 商品または役務の品質、規格その他の内容について、実際のものまたは当該事業者と競争関係にある他の事業者に係るものよりも著しく優良であると一般消費者に誤認されるため、不当に顧客を誘引し、公正な競争を阻害するおそれがあると認められる表示(同条1号)

(二) 商品または役務の価格その他の取引条件について、実際のものまたは当該事業者と競争関係にある他の事業者に係るものよりも取引の相手方に著しく有利であると一般消費者に誤認されるため、不当に顧客を誘引し、公正な競争を阻害するおそれがあると認められる表示(同条2号)

二  公取委の規制権限

1 不公正な取引方法に対する規制権限

(一) 排除措置命令

独禁法19条の規定(不公正な取引方法の禁止)に違反する行為があるときは、公取委は、当該行為の差止め、契約条項の削除その他当該行為を排除するために必要な措置を命ずることができる(排除措置命令、同法20条)。

公取委の排除措置命令は、同法第8章第2節に規定する、大略次のような手続を経て行われる。

(1) 調査活動

公取委は、一般からの報告、職権発動等を端緒として、同法19条の規定に違反する事実の有無について必要な調査活動を開始する(同法45条)。

右調査の方法は、多様であるが、公取委は、右調査のため、①事件関係者または参考人に出頭を命じて審訊し、またはこれらの者から意見若しくは報告を徴すること(同法46条1項1号)、②鑑定人に出頭を命じて鑑定させること(同2号)、③帳簿書類その他の物件の所持者に対し、当該物件の提出を命じ、または提出物件を留めて置くこと(同3号)、④事件関係人の営業所その他必要な場所に立ち入り、業務及び財産の状況、帳簿書類その他の物件を検査すること(同4号)、以上の各強制処分(強制調査)をすることができる。

(2) 勧告審決

公取委は、調査により同法19条の規定に違反する行為があると認める場合には、当該違反行為をしている者に対し、適当な措置をとるべきことを勧告することができ、右勧告を受けたものが当該勧告を応諾したときは、公取委は、審判手続を経ないで当該勧告と同趣旨の審決(勧告審決)をすることができる(同法48条1項、4項)。

(3) 審判手続

公取委は、調査により同法19条の規定に違反する行為があると認める場合において、事件を審判手続に付することが公共の利益に適合すると認めるときは、当該事件について審判手続を開始することができる(同法49条1項)。

審判手続は、準司法手続であって、公取委またはその指定する審判官(同法51条の2)が審判機関となり、その面前で審査官と被審人とが公開の場での攻撃防御を尽くすという構造がとられている(同法51条の3他)。

(4) 同意審決

公取委は、審判開始決定をした後、被審人が、審判開始決定書記載の事実及び法律の適用を認めて、公取委に対し、その後の審判手続を経ないで審決を受ける旨を文書をもって申し出て、かつ、当該違反行為を排除し、若しくは当該違反行為が排除されたことを確保するために、自らとるべき具体的措置に関する計画書を提出した場合において、適当と認めたときは、その後の審判手続を経ないで当該計画書記載の具体的措置と同趣旨の審決(同意審決)をすることができる(同法53条の3)。

(5) 審判審決

公取委は、審判手続を経た後、同法19条の規定に違反する行為があると認める場合には、審決をもって、被審人に対し、同法20条1項に規定する措置(排除措置)を命じなければならない(同法54条1項)。

(6) 審決の確定

右(2)、(4)、(5)の各審決については、審決が効力を生じた日(すなわち、審決書の謄本が被審人に到達した日)から30日以内に、公取委を被告として抗告訴訟を提起することができるが、右出訴期間内に右抗告訴訟を提起しなかった場合には、右各審決は確定する(同法58条1項、77条1項、なお、右抗告訴訟が審決取消の判決確定以外の事由により終了した場合も同様である。)。

(二) 緊急停止命令の申立て

公取委は、審判開始決定後、審決によって排除措置が命ぜられる前に、緊急の必要があると認めるときは、東京高等裁判所に対し、同法19条の規定に違反する疑いのある行為をしている者に対し当該行為を一時停止すべきことを命ずる旨の裁判(緊急停止命令)を求めることができる(同法67条、86条)。

(三) 調査のための強制処分違反、審決違反及び緊急停止命令違反に対する罰則

調査のための強制処分、審決及び緊急停止命令については、以下のとおり、その違反について罰則をもうけることにより、間接的にその遵守が強制されている。

(1) 調査のための強制処分違反の罪

同法46条1項4号の強制処分に違反した者は、これを6月以下の懲役または20万円以下の罰金に処し(同法94条)、同項1ないし3号のそれに違反した者は、これを20万円以下の罰金に処する(同法94条の2第2号ないし第4号)。

(2) 確定審決違反の罪

確定した前記各審決に従わない者は、これを2年以下の懲役または300万円以下の罰金に処する(同法90条3号)。

(3) 審決違反に対する過料

前記各審決(但し、確定前のもの)に違反した者は、これを50万円以下の過料に処する(同法97条)。

(4) 緊急停止命令違反に対する過料。

緊急停止命令に違反した者は、これを30万円以下の過料に処する(同法98条)。

2 不当表示に対する規制権限

(一) 排除命令

公取委は、景表法4条の規定(不当表示の禁止)に違反する行為があるときは、当該事業者に対し、その行為の差止め若しくはその行為が再び行われることを防止するために必要な事項またはこれらの実施に関連する公示その他必要な事項を命ずることができる(排除命令、同法6条)。

公取委の排除命令は、同法の簡易迅速な処理という見地から、同法の定める、大略次のような手続を経て行われる。

(1) 調査活動

公取委は、同法4条の規定に違反する事実の有無について、前記1(一)(1)に説示したのと同様の調査を行うことができる(同法7条1項)。

(2) 排除命令

公取委は、調査により同法4条の規定に違反する行為があると認める場合には、当該事業者に対し、予め期日及び場所を指定して、意見陳述及び証拠提出の機会を与え、聴聞を行った上で、排除命令を発することができる(同法6条1項、平成5年法律第89号による改正前の同法6条2項、行政手続法)。

(3) 排除命令の確定

排除命令は、規則に定める方法、すなわち、官報に掲載する方法によって告示され(景表法6条2項)、告示の日から30日以内に公取委に対し、当該命令に係る行為について審判手続開始の請求がなされなかったときは、独禁法90条3号の規定(確定審決違反の罪)の適用については、確定した審決とみなされる(景表法9条1項)。

(二) 緊急停止命令の申立て

排除命令について、右(一)(3)の審判手続開始の請求がなされ、審判手続が開始された場合には、公取委は、前記1(二)に説示したのと同様に、緊急停止命令の申立てをすることができる(同法7条1項、独禁法67条)。

(三) 排除命令(但し、確定した審決とみなされたもの)違反に対する罰則

前記1(三)(2)に説示したのと同様である(景表法9条1項、独禁法90条3号)。

3 右1、2の各規制権限行使の重複を回避するための措置

独禁法による審判手続の開始または緊急停止命令の申立てのあった事件については、景表法による排除命令手続がとれず、また、排除命令手続の対象となった違反行為については、審判請求がない限り、独禁法による審判手続及び緊急停止命令の申立てができないものとされている(景表法7条3項、8条3項)。

三  公取委の規制権限行使上の裁量権

1 右二で説示のとおり、公取委は、独禁法及び景表法に基づき、不公正な取引方法や不当表示に該当する行為について、勧告、審判、審決、緊急停止命令の申立て及び排除命令を行い、また、これらについて必要な調査をするため、強制処分を行うなどの規制権限を有しているが、右各規制権限の行使については、以下に述べるとおり、公取委の広範な裁量に委ねられているものと解するのが相当である。

(一) まず、強制処分の要件についてみるに、独禁法46条1項によれば、公取委は事件について必要な調査をするため、同項の各号に掲げる処分をすることができるものとされ、また、同条2項によれば、公取委が相当と認めるときは、命令をもって定めるところにより、公取委の職員を審査官に指定し、前項に掲げる処分をさせることができるものとされているのみであって、いかなる場合に、いかなる強制処分をすべきかについては、何ら具体的な規定が置かれていない。独禁法のこのような規定の仕方、及び、調査権限発動の判断は、当該事件の性質、態様、構成要件該当性、公正競争阻害性の程度等、極めて専門的、かつ、技術的な事柄に係わるものであることに照らせば、強制処分権限の行使は、公取委の広範な裁量に委ねられているものと解するのが相当である。

(二) 次に、勧告、審判、審決、排除命令並びに緊急停止命令の申立てについてみると、勧告、審判、審決に関する独禁法の規定は、右二1(一)(2)ないし(5)に説示したとおりであって、勧告から審判審決に至るまでの過程において、いかなる手続、方法をとるべきかについては、審判手続を経た後、独禁法19条等に違反する行為があると認める場合などには、一定の措置を命じなければならないとする、同法54条1項の規定を除いては、何ら具体的な規定は置かれていない。また、排除命令に関する景表法の規定は前記2(一)(2)に説示したとおりであって、いかなる場合に排除命令を発するべきかについては、何ら具体的な規定は置かれていない。更に、緊急停止命令の申立てについても、独禁法67条は、「公取委の申立てにより」と規定しているのみであって、右申立権の行使については、何ら具体的な規定は置かれていない。独禁法及び景表法の以上のような規定の仕方、及び右各権限行使の判断が強制処分権限の発動の場合と同様に、前記のような専門的、かつ、技術的な事柄に係わるものであることに照らせば、勧告、審判、審決、排除命令並びに緊急停止命令の申立て等の権限の行使は、公取委の広範な裁量に委ねられているものと解するのが相当である。

2 もっとも、勧告審決や同意審決の場合を除き、公取委が審判手続を経て審決により独禁法上の排除措置命令を発する場合には、被審人が争わない事実及び公知の事実を除き、審判手続において取り調べた証拠によって事実を認定しなければならない(同法54条の3)上、右排除措置命令に対して取消訴訟が提起された場合には、公取委の認定した事実についてこれを立証する実質的証拠の有無が判断されることになり(同法80条)、景表法上の排除命令についても、不服申立がなされて審判手続が開始した場合はやはり同様である(同法8条、7条1項)ことから、公取委が勧告、審判、審決を行う場合には、それをなし得るだけの証拠ないしは相当の根拠がなければならないし、緊急停止命令が発せられるためにも同様の必要がある。また、調査のための強制処分についても、間接的であるにせよ、刑罰等によって相手方にこれを強制するものであるから、その行使は慎重でなければならず、右調査権限を行使するためには、違反する事実の存在について相当の理由があり、かつ、権限行使の必要性がなければならないと解すべきである。

四  被控訴人の反射的利益論について

被控訴人は、控訴人らが独禁法及び景表法の適用によって受ける利益は、反射的利益ないし事実上の利益にすぎないから、独禁法及び景表法に基づく規制権限の行使が控訴人らに対する関係において公取委の公務員の職務上の法的義務となる余地はない旨主張する。

確かに、独禁法は「公正且つ自由な競争を促進し、……一般消費者の利益を確保するとともに、国民経済の民主的で健全な発達を促進することを目的とする。」と規定し(1条)、景表法も「公正な競争を確保し、もって一般消費者の利益を保護することを目的とする。」と規定していて(1条)、いずれも公正かつ自由な競争秩序の維持、すなわち、公共の利益の実現を直接の目的としているものであることは明らかであり、右のような見地から、前記一及び二のとおり、独禁法及び景表法の規制する対象行為、規制方法は、事業者等の権利ないし自由を制限することが内容とされ、これを実効あらしめるため、公取委に前記のような種々の規制権限を与えているものと解される(最高裁判所昭和49年(行ツ)第99号、同53年3月14日第3小法廷判決、民集32巻2号211頁以下参照)。

しかしながら、第1章で説示したとおり、国家賠償における違法性は、法令のみならず、慣習や条理等をも考慮しながら被侵害利益の種類・性質と侵害行為の態様の相関関係によって実質的に決すべきものであるところ、右各規定によれば、独禁法及び景表法は、右目的にとどまらず、右規制を通じて、究極的には、一般消費者の利益を保護することを目的としており、独禁法及び景表法の規制も右究極目的を実現するための手段と解することができ、証拠(甲イ48、甲ハ97、原審証人F)及び弁論の全趣旨によれば、公取委が、昭和50年6月13日、ホリディマジック社の行っていたマルチ商法につき販売員の地位の上昇に伴う報奨金の支払いを「不当な利益をもってする顧客誘引」(独禁法19条、旧一般指定6項)に当たるとして、独禁法に基づき排除命令を行った結果、ホリディマジック社がこれに従い、マルチ商法を中止し、同商法による被害防止に役立ったこと等、現に、公取委の規制権限の行使が一般消費者の権利利益の保護に大きな役割を果たしていることが認められるのであって、これらを考えあわせると、具体的な事情の下において、個別の国民の権利利益との関係で、公取委の公務員が右規制権限を行使すべき条理上の法的作為義務があり、これを行使しないことが右独禁法等の究極目的に反し、著しく不合理である場合があることを全く否定することはできない。

したがって、公取委の公務員の規制権限行使の作為義務を一切否定する被控訴人の反射的利益論に基づく右主張は採用できない。

第二a商事の事業者性

一  独禁法2条1項の「事業者」の意義

独禁法2条1項は、「事業者」の意義について、「商業、工業、金融業その他の事業を行う者をいう。」と定義するところ、この「事業者」の意義とその範囲については、独禁法の目的に沿って決定すべきである。

ところで、前記のとおり、独禁法及びその特別法である景表法は、公正かつ自由な競争秩序の維持を直接の実現目的とし、公正かつ自由な競争の実現を通じて一般消費者の利益の確保等を図ることを究極の目的としているところ、独禁法等が公正かつ自由な競争秩序、すなわち、全ての取引主体が、競争の要因たるべき事項について、自主的に判断しうる状態が保たれると同時に、企業性の承認を前提とした、企業の能率、商品の価値、品質等を巡って行われる競争によってもたらされる秩序の維持を直接の目的としたのは、経済的支配者が経済的従属者に対して支配力を行使することにより、経済的従属者が市場への参入・離脱を妨げられたり、競争回避的な行動をとったりするようになり、また、収益を度外視した不当廉売等企業性を否定するような能率競争以外の行為による競争が行われるようになって、資本主義経済社会の望ましい姿である、有効競争原理に基づく市場価格の形成や、良質・廉価な商品、役務の供給等が妨げられるという事態を回避するためであると考えられる。

このような競争秩序維持を目的とする独禁法の立場に照らすと、独禁法2条1項の「事業」とは、経済的取引を行うこと、すなわち、反復継続して、経済的利益を給付し、これに対する経済的利益の反対給付を受けることをいうものと解するのが相当であり、結局、「事業者」とは、反復継続して経済的利益の交換を行う者をさすものというべきである。

二  a商事の事業者性の有無

a商事の行うファミリー商法は、前提事実第一の二で述べたとおり、a商事が顧客に金地金等を売却して売買代金及び手数料を受取り、引き続いて準消費貸借契約の性質を有するファミリー契約を締結して顧客に「賃借料」を支払い、満期に金地金の償還を行うことを内容とするものであり、前提事実第一のとおり、現に、a商事は、破産する直前の昭和60年5月ころまで、期限を徒過することはあったものの、右契約内容に従って顧客に「賃借料」を支払い、金地金等を償還せざるを得なくなった顧客に対してはこれに応じていたのであるから、a商事は、反復継続して経済的利益の交換を行う者ということができる。

のみならず、証拠(甲ニ14、甲リ12の1ないし10)によれば、a商事は顧客に対し、金を購入するのは預金の預け替えに等しい旨強調して、顧客の有する貯金や保険は解約させ、株式や国債などの証券類は売却させるなどして金の購入代金を捻出させていたことが認められるところ、このようなa商事の経済活動は、自己の商品の内容等について正当な表示をしている他の金融商品販売業者の顧客を奪いかねないものであって、金融商品市場における競争秩序に影響を与えるものであったということができる。

これらの事業を総合すれば、a商事は、独禁法2条1項の「事業者」に当たるというべきである。

三  被控訴人の主張について

被控訴人は、独禁法及び景表法の規制の対象となる「事業者」は、反復継続して経済的利益の交換を行う者というだけでなく、公正且つ自由な競争の主体たりうる者、すなわち、事業内容が独禁法の目的である公正かつ自由な競争の促進を図る余地のあるものを行う者でなければならないところ、a商事は、極めて、反社会性の強い違法不当な手段を用いて一貫して虚業を営んでいたのであるから、およそ、独禁法等が予定する経済事業を行っていたものとは認められず、したがって、a商事は独禁法等が規制の対象とする「事業者」に該当しない旨主張する。

しかしながら、前記のとおり、独禁法等が公正かつ自由な競争秩序の維持を直接目的にしたのは、経済的な支配従属関係による不当な拘束を排除し、右のような関係から生まれる資本主義社会の弊害を除去することにあるから、「事業者」の意義や範囲を確定するに当たっては、専ら、競争秩序に影響を及ぼす経済的支配従属関係が生じうる経済的活動の主体であるかどうか、すなわち、反復継続して経済的利益の交換を行っているか否かを基準にすべきであって、その主体の法的性格はもとより、主観的な目的も問わないというべきである。

そうすると、前提事実第一及び前記第二章第二の二の認定説示によれば、a商事は、金地金の裏付けがなく、また、契約どおりに償還することができないにもかかわらず、反社会的なセールストークを駆使して、これがあるかのように装い、顧客に金銭を交付させる詐欺的商法を行っていたものであることが明らかであるが、右二で認定説示のとおり、顧客との間で経済的利益の交換を行い、その経済活動が競争秩序に影響を及ぼす者である以上、独禁法及び景表法の規制対象である「事業者」に該当するというべきであって、a商事の主観的目的を問題にする被控訴人の主張は、独自の見解であって採用できない。

第三b商法の不公正な取引方法ないし不当表示該当性

一  金地金の現物の存在を前提とした取引の安全性、有利性に関する誤認的表示について

1 前提事実第一の三1で認定したとおり、b商法では、売買契約が金地金の現物売買である旨強調され、その後のファミリー契約も、右売買契約にかかる金地金等の賃貸借契約であるとして、金地金等の現物がa商事に存在する旨表示されていたということができる。しかるに、前記第二章第二の二1(一)のとおり、b商法における契約の性質は、金地金等の売買契約とその消費寄託契約と解され、右商法の実態も、売買代金と引換に納品書を、ファミリー契約の締結と引換にファミリー契約証券を交付するだけで、顧客との間で金地金等の現物の受け渡しを行っておらず、そもそも、a商事は、契約時点ではこれに見合う金地金等の在庫を有していないのであり、契約期間が満了し、償還する間際にこれを仕入れるのが常態であって、顧客は、売買代金と引換に、現物の裏付けのない、単なる紙片にすぎない純金ファミリー契約証券を受取るだけであったのである。したがって、b商法において行われていた金地金の現物が存在する旨の表示は虚偽であるといわなければならない。

2 そして、右表示どおりであるとすれば、顧客は、売買契約により特定の金地金の所有権を取得した上、これをa商事に賃貸することになるので、賃貸期間が満了すれば、a商事からその保管する金地金の返還を確実に受けられることになるが、実際は、返還されるべき金地金がa商事に保管されていないのであり、ファミリー契約の性質を金地金等の売買契約とその消費寄託契約であると解しても、前記のとおり、a商事には、右契約どおりに顧客が購入したとされる金地金と同種、同銘柄、同数量の金地金を満期に償還するだけの資力がなかったのであるから、顧客は、代金を支払いながら、これに見合う金地金を取得できないことになるのであって、一般消費者がこのようなことを知れば、当然のことながら、a商事との間でファミリー契約を締結しなかったものと考えられる。そうすると、右表示は、a商事が供給する役務の内容について、実際のものよりも、「著しく優良または有利」であると一般消費者に誤認させる表示であったということができる。

なお、この点について、被控訴人は、金地金のような貴金属については、所有権の公示性が弱く、代替性、換金性が高いことから、賃貸借契約においても借主の資力及び返還が保証されるものとは言い切れず、無資力になっても返還が保証されていると一般人において理解しているともいえないから、消費寄託のものを賃貸借であるかのように表示したとしても、「著しく有利」であると顧客に誤認させる表示と認定することは正当でない旨主張するが、第二章第二の二1(一)で認定説示のとおり、a商事は、ファミリー契約の法的性質を顧客に誤認させるためではなく、金地金の現物がないのにこれがあるよう顧客に誤認させるために契約書に紛らわしい記載をしていたのであって、消費寄託のものを賃貸借である旨表示したという前提自体失当である上、賃貸借契約の法的性質に照らすと、一般消費者は、賃借物の性質に関係なく、賃貸人が賃借人から賃貸したものと同一のものを返還されると考えるのが通常であって、たとえ、金地金の性質が被控訴人主張のようなものであるとしても、一般消費者が、借主において無資力になったり、勝手に処分して賃借物が返還されないという例外的事態を十分理解して契約しているとはいえないから、被控訴人の主張は採用できない。

3 しかも、前提事実第一の三によれば、a商事は、金地金の現物がa商事に存在していることを前提に、ファミリー契約を締結すれば、1年もので年10パーセント、5年もので年15パーセント(すなわち、5年間で75パーセント)の高額な「賃借料」及び金の値上がり益の二重の利益を取得できる旨表示していたことが認められる。

右表示のうち、高額の「賃借料」を取得できる旨の表示については、a商事がファミリー契約において、右表示どおりの「賃借料」の支払義務を負担することとなっており、また、前提事実第一の一によれば、現に、a商事は、破産する直前の昭和60年5月ころまで、右契約に従って、「賃借料」を支払っていたことは推認できるものの、前提事実第一の六で認定説示したとおり、a商事は、設立当初から多額の負債を抱えて自転車操業を繰り返していたものであり、そもそも、収益を上げるような行為を行わず、導入金を食い潰すのみの会社であって、いずれは破綻して、顧客が右「賃借料」を受け取れなくなる必然性を有していたものであるから、実際のものより「著しく優良または有利」と誤認される虚偽の表示というべきである。

また、金の値上がり益を取得できる旨の表示についても、金が値上がり確実といえないことは前記第二章第二の二1(二)(1)で認定説示のとおりである上、右2で述べたように、そもそも、元本である金地金等の償還さえ確実でないのであるから、値上がり益を確実に取得できるなどとは到底いえないのであって、これらを考えあわせると、投資対象としての金が、長期的には値上がりの期待できる商品である(甲ハ27)としても、右表示が一般に許容されている限度内のものであるとはいいがたく、ファミリー契約によりa商事が提供する役務の内容が実際のものより「著しく優良または有利」であると一般消費者に誤認される虚偽の表示といわなければならない。

4 そして、右「賃借料」の表示だけをみても、当時の市中金利よりもはるかに高率であったのに、更に、金の値上がり益も取得できると表示することは、b商法と競合関係にある金融機関等の商品または役務の内容等に比して、「著しく優良または有利」であると一般消費者に誤認させるものであり、金地金の現物が存在する旨の表示、及びこの表示を前提とした右利殖条件の有利性に関する表示は、全体としてみれば、金融業等の業界の公正な競争秩序を歪めるものといわなければならず、競争者である金融機関等の顧客を自己と取り引きするよう「不当に」誘引するものというべきである。

なお、この点に関し、被控訴人は、a商事の顧客に対する表示は、金地金を販売・提供する他の事業者との「競争手段」としてのものではなく、詐術的手法により金銭を詐取するためのものであるから、公正競争阻害性の要件を欠く旨主張するが、第二で説示したとおり、独禁法等が公正かつ自由な競争秩序を目的としたのは、経済的支配者が経済的従属者に対して支配力を行使することにより生じる、有効競争原理に基づく市場価格の形成や、良質・廉価な商品、役務の供給等が妨げられるという事態を回避するためであるから、ぎまん的顧客誘引ないしは不当表示の要件である公正競争阻害性(条文上は「不当に」の部分)は、専ら当該主体の行う活動の経済的性質によって判断すべきであって、右主体の主観的意図等は問題にすべきではないから、被控訴人の主張は失当である。

5 以上によれば、a商事が顧客に保有する金地金等の現物を売却し、この金地金等を賃借して保管する旨の表示、及びファミリー契約を締結すれば高額の賃借料及び金の値上がり益の二重の利益を取得できる旨の利殖条件の有利性に関する表示は、全体として、独禁法19条、2条9項、一般指定8項のぎまん的顧客誘引及び景表法4条1号及び2号の不当表示に該当するというべきである。

二  金の商品属性に関する表示について

a商事が顧客に対し、金は値上がり確実で、税金がかからず、換金も容易であるなどの表示をしていたことは前提事実第一の三で認定したとおりであり、これらの表示が虚偽ないし不正確なものであること及び右表示が一般に許容される限度を超えたものであることは、第二章第二の二1(二)で認定説示のとおりである。

しかしながら、右表示は、現物の裏付けがないのに、現物取引であるかのように装うb商法において、ファミリー契約上の債務である金地金等の償還が困難ないし不能な状況にあるa商事が、顧客に不安を抱かせず、抵抗なく右ファミリー契約を締結させる手段としてなされたものであるところ、右ファミリー契約においては、a商事が賃借料を支払うこと及び満期に金地金ないしはそれに相当する金銭を返還することが債務の内容となっていたのであるから、控訴人ら主張の金の商品属性に関する表示は、「取引条件」になっていないことはもとより、「取引に関する事項」であるともいえないというべきである。そして、前提事実第一の三及び第二章第二1(一)で認定した事実によれば、顧客も満期になれば預けた金地金が償還される上に、高額な賃借料も得られることから右ファミリー契約の締結に応じていたことが認められるのであって、これらを考えあわせると、右表示が「著しく優良または有利」であるともいいがたい。

そうすると、a商事が行っていた、金は値上がり確実で、税金がかからず、換金も容易であるなどの金の商品属性に関する表示は、独禁法19条、2条9項、一般指定8項のぎまん的顧客誘引及び景表法4条1号及び2号の不当表示に該当しないというべきである(もっとも、a商事がファミリー契約締結の際に行っていた、金地金が値上がり確実であることを前提とする「金の値上がり益を取得することができる」旨の表示がぎまん的顧客誘引及び景表法の不当表示に当たることは前記のとおりである。)。

第四公取委の認識ないし認識の可能性

一  a商事問題に対する公取委の取組みと取得した情報

前記認定の前提事実に、証拠(甲イ79の1ないし3、甲ニ10、67、甲チ1ないし3、乙54ないし65、原審証人M、同F)によれば、次の事実が認められる。

1 公取委は、昭和58年9月30日までは、新聞報道等によってb商法に関する情報を得ていたが、同商法の被害者等からの申告や他省庁からの通告等はなく、同商法に対する独禁法及び景表法の適用の可能性を具体的に検討したことはなかった。

2 悪徳商法被害者対策委員会の会長であるFは、昭和58年9月30日、a商事問題について相談するため公取委を訪れ、公取委事務局の取引部景品表示監視課長のE(以下「E課長」ともいう。)外3名の同事務局職員と面談した。Fは、E課長らに対し、a商事の問題で国会質問を予定しており、公取委にも独禁法ないし景表法でa商事を規制できないかを聞く予定であるので、事前に相談にきた旨来訪の趣旨を告げた上、持参したa商事の純金ファミリー契約証券(これには、純金ファミリー契約書と同様に、純金ファミリー契約約款が記載されている。)、b商法のために使用する2種類のパンフレット及び同商法に関する新聞記事を交付するとともに、①a商事は、昭和56年ころから金地金の販売を行うに際し、年10パーセントの運用益を保証して、金地金の代金と引換えに金地金の預り証券を渡し、実際には、金地金を渡さないという詐欺まがいのことを行っている、②この商法は、純金注文書に署名させたり、納品書を渡すなど現物取引を装っているが、a商事が契約に見合う金地金を保有している形跡はなく、金地金の裏付けのない現物まがい商法である、③年10パーセントの運用益を保証するには、集めた現金を運用して相当の利益を出す必要があり、この商法は早晩破綻するおそれがある、④現在、中途解約者から多額の違約金を取ったり、強引に契約を更新させており、これによるトラブルが絶えない状況である、などとb商法の問題点を説明した。

3 なお、Fが持参した純金ファミリー契約証券の記載内容は、前提事実第一の二記載のとおりであり、また、パンフレットや新聞記事等には次のような記載がなされていた。

(一) パンフレット

「安全・確実・有利な純金ファミリー」の見出しの下に、「このプランは、お手持ちの純金を一定期間弊社にお預けいただくことにより、お客様にはその期間に見合った賃借料をお支払いするものです。賃借料は、ご契約していただいた日の純金国内価格から別表の率にて算出した額を純金お預かりと同時にお支払いいたします。」と記述があり、別表には、契約期間1年で10パーセント、2年で17パーセント、3年で22パーセントとの賃借料率を掲げ、更に「銀行預金やその他の投資と比べて大変有利で確実です。」等と記載されていた。

(二) 新聞記事等

(1) b商法自体について

「金地金の購入を客に勧め、客が購入を決めると、もっといい話があると、10パーセントの運用益の話を持ち出し、結局、金地金の代わりに純金の預かり証券を渡すという詐欺まがいの金販売」とか、「お年寄りや主婦らを相手に金地金を現物販売するといいながら、実際には違約金を30パーセントも取る契約条項のついた預かり証券を渡すという詐欺まがいの金商法」などと紹介されていた。

また、新聞記事中には、「a商事は客から現金を集めることばかりやっていて、安全確実に運用益を上げるようなことは全くしていない。客に払う運用益は1年もので10パーセントだが、営業活動では人件費や事務所の賃料などで40パーセントくらいの費用がかかっているので、実際には預かったお金を1年間で2倍にしなければならない。そんなに利益が上がる運用方法等あるはずがない。」とのFの話や、「a商事が客に払う運用益は2年契約だと年で17パーセント、3年契約だと年22パーセントにもなっているが、金地金を運用してそんなに高い運用益を上げる等、常識ではとても考えられない。」との通産省消費者相談室の話等が記載されていた。

(2) 売上高について

「a商事の販売額は、これまでに300億とも500億ともいわれている。」との記事や、「昨年は220億円から230億円の売上があった。」旨のa商事幹部のコメントを紹介する記事があった。

(3) 金地金の保有の有無について

「通産省によると、同社が預かり証に見合うだけの金地金を購入した事実はない。」旨の記事や、a商事の幹部社員が記者の質問に答えて、「昨年1年間の金地金の購入量は約80トンになった。」と述べたのに対し、東京の貴金属商が、「昨年民間で私的所有のため売られた金地金は約97トン。80トンというとざっとみて2400億円。1社でこんな量を購入したなんて、ばかばかしくて話にならない。」と述べている旨の記事、「a商事の従業員及び元従業員から寄せられた内部告発によれば、元従業員らはa商事社内では見本と思われるほんの僅かの金地金しか見たことがないと述べている。」旨の記事などがあった。

(4) 満期における償還について

「満期が来ると、同社のセールスマンが数時間も粘るなど、強引に契約の更新を勧める。」旨の記事や、「満期になった人が会社と1人で交渉して、契約どおりの金地金を返して貰ったという例は聞いたことがない。」旨の弁護士のコメントを紹介した記事、「契約が満期になった場合、継続しないと本社から厳しく追求されるので、どんなことをしてでも継続させてしまった。」旨のa商事の元従業員の話を紹介する記事、a商事の実態について、「成り立たないはずの商売が今のところ成り立っているのは、セールスマンの猛烈勧誘によって顧客を増やし、かつ、満期の来た客の6、7割に契約を延長させているからだ。」と指摘する記事などがあった。

(5) その他

通産省が昭和58年3月に「かしこい消費生活へのしおり」を作成、発行していることや、前提事実第二の三記載の同冊子の内容を紹介するとともに、同省資源エネルギー庁が作成したポスター(前提事実第二の三記載のもの)をa商事の金販売に注意を呼びかけたものとして写真掲載していた。

4 そして、Fは、前記2の説明後、「かつて公取委はホリディ・マジック社に勧告審決を出しているが、a商事の行為もそれと同様のものであるから、独禁法または景表法による規制が可能ではないか。」とE課長らに尋ねた。

これに対し、E課長は、相場商品に対する投資に絡む表示(例えば、これを買えば儲かりますよといわれて買ったが、儲からなかったので不当表示ではないかといった事例)については、従来から景表法の規制の対象とされていないし、また、Fの説明が事実であれば、a商事の商法は、金地金の取引を装っているがそれは見せかけにすぎず、顧客から金を騙し取るということのように思われるので、直ちに、景表法または独禁法に違反すると判断するのは困難であると答えた。

更に、E課長は、公取委がホリディ・マジック社に対して勧告審決を行ったのは、同社が化粧品の販売をするに当たり、消費者に対して、報奨金等の利益をもって同社の販売員となるよう誘引している行為が、正常な商慣習に照らして不当な利益をもって競争者の顧客を自己と取引するよう誘引しているとして、旧一般指定6号(昭和57年6月18日改正前のもの、現行の一般指定9号)を適用したからであり、Fがいうようなぎまん的顧客誘引に該当するとして、同事件に独禁法を適用したものではなく、したがって、ホリディ・マジック社の事件と本件とは事案の内容が異なり、ホリディ・マジック社に対して、独禁法を適用したからといって本件に対しても適用可能とはいえないと説明した。

そして、E課長は、結局、a商事の問題は独禁法や景表法による規制には馴染まない問題であり、第1次的には、警察の問題であるとの見解を示し、右見解を聞いたFは、そのようなものかと思って特に反論することもなく公取委を辞去した。

5 その後、E課長は、Fが国会での質問を予告していたことなどから、b商法に対する独禁法や景表法の適用可能性を更に検討しておく必要があると判断し、その旨部下に指示した。右指示を受けて、公取委事務局の取引部取引課及び景品表示監視課が合同で、右3の新聞等の報道や国会議事録、Fの話などを基に、b商法について検討を加えたが、その結論は、a商事の問題は、独禁法や景表法では対応できないというものであり、その理由は次のようなものであった。

(一) 報道されているとおり、b商法が金地金の取引を装って顧客から金銭を騙し取るというものであるとすれば、不公正な取引方法の問題の範ちゅうに入らず、独禁法や景表法で対応できる問題ではないと考えられる。

(二) b商法は、金地金の売買と賃貸借によって構成されているが、まず売買の点についてみると、a商事は、金地金を金地金として売買しているもので、合金を純金と称するなどして売っているわけではないし、金地金の賃貸借についても、耳慣れた話ではないが、それ自体を不当ということはできない。また、満期になっても金地金を返還しないというのも、当事者間の債務不履行の問題にすぎないから、いずれにしても不当表示とみることはできない。

(三) 金地金の売買契約については、契約時点において常に在庫を有している必要はないし、純金ファミリー契約についても、満期に同種、同銘柄、同数量の金地金を返還すればよいというものであって、常に金地金を保有している必要はないから、a商事が契約高に見合う金地金を保有していないとしても、それ故に、金地金の売買や純金ファミリー契約におけるa商事の表示が不当表示となることはない。

(四) 値上がり確実との表示については、一般的に金地金を購入しようという客であれば、金地金が相場商品であることは予見できるから、そのような表示が実際のものより、著しく優良または有利という誤認を生じさせるおそれはなく、不当表示に当たらない。

換金自由の点については、純金ファミリー契約書上、中途解約できないことが明記されているので、a商事が純金ファミリー契約をした場合にも換金自由である旨の表示をしているとみることはできない。

無税の表示の点については、法律上課税されることになっている以上、いくら無税であるといっても、それによって著しく優良であるとの誤認を生じさせるとまではいえない。

6 公取委は、その後も新聞報道や国会審議などによって情報を得ていたが、右5の検討結果を左右するようなものがなかったため、a商事問題について、自ら積極的に調査することはなかった。また、公取委に対しては、他省庁あるいは国民生活センターなどから、b商法は、独禁法、景表法に違反するのではないかとの指摘もなかったし、被害者からの申告もなかった。

二  a商事の「事業者」性及び金地金の現物の存在を前提とした取引の安全性、有利性に関する誤認的表示についての認識について

1 右認定事実によれば、E課長ら公取委の担当者は、b商法が金地金の取引を装って、顧客から金銭を騙し取ることを行っているから、独禁法等の規制対象である「事業者」に当たらないと考えていたことが認められ、その意味ではa商事の「事業者」性についての認識がなかったというべきである。

しかしながら、第二で認定説示のとおり、「事業者」とは、反復継続して経済的利益の交換を行う者と解すべきであるところ、右一で認定した事実によれば、a商事が顧客に金地金等を売却して売買代金及び手数料を受取り、引き続いてファミリー契約を締結して、満期に金地金の償還を行うことを約して顧客に「賃借料」を支払うといった経済的利益の交換を行っていたことを認識することができるし、公取委の職員も右事実自体は認識していたということができる。

2 また、右一で認定した事実によれば、E課長ら公取委の担当者は、売買契約及びファミリー契約の各時点で金地金を保有している必要はなく、金地金が相場商品であることは一般的に予想できるから、実際のものより著しく優良または有利という誤認を生じさせるおそれはないから等として、金地金の現物の存在を前提とした取引の安全性、有利性に関する誤認的表示は独禁法のぎまん的顧客誘引、景表法の不当表示に当たらないと判断していたものであって、その意味では、右表示が独禁法のぎまん的顧客誘引、景表法の不当表示に該当することを認識していなかったというべきである。

しかしながら、右一で認定した事実によれば、E課長ら公取委の担当者は、昭和58年9月30日にFからなされた説明や資料等から、a商事が金地金の現物が存在する旨の表示及びこれを前提とした利殖条件の有利性についての表示を行っていたことは認識していたし、a商事が契約高に見合う金地金を保有していないことについても、強い疑念を抱いたものということができ、前提となる事実関係についての認識はあったということができる。

第五公取委の規制権限不行使の違法性

一  判断基準

公取委の公務員の権限不行使の違法性を判断するに当たっては、諸般の事情を総合的に考量しながら、第一の四で説示のとおり、具体的な事情の下において、控訴人らのb商法により被害を受けた財産との関係で、右公務員が右規制権限を行使すべき条理上の法的作為義務があり、これを行使しないことが右独禁法等の究極目的に反し、著しく不合理であるか否かによって判断すべきである。

二  公取委の規制権限不行使の違法性

1 前提事実で認定した事実によれば、a商事は、昭和56年以降、会社ぐるみで組織的にぎまん的、詐欺的商法である現物まがい商法を全国に展開し、従業員に高額の賞金を与えるとともに、厳しいノルマを課することにより、特に、老人や主婦を狙い撃ちにして、マニュアル化された巧妙、かつ、反社会的なセールストークを行わせ、マスコミの右商法に対する再三の批判的報道にもかかわらず、売上高(導入金額)を大幅に伸ばしてきたことが認められ、これによれば、遅くとも昭和59年5月の時点において、老後のための預貯金等控訴人らをはじめとする個別の消費者の財産権がb商法により侵害される具体的危険が切迫していたということができる。

また、前記一で認定したとおり、公取委は、新聞報道等でa商事に関する情報を得ていたところ、前提事実第二で認定したa商事問題に関する新聞報道や国会審議の状況等を考えあわせると、公取委は、これらによりa商事問題について一応の知識を得ていた上、昭和58年9月30日にFが来訪して、b商法の実態や問題点について説明していたのであるから、E課長ら公取委の担当者は、遅くとも、昭和59年5月の時点において、右のとおり、控訴人ら消費者の財産権に対する具体的危険が切迫していたことを認識していたものということができる。

そして、前記のとおり、b商法が世情に疎く騙されやすい老人や主婦を狙い撃ちにして、組織的に行われたことに鑑みると、一般的に、経済活動の自由や財産権が保障されている法制度の下においては、私人間の取引行為が、当事者である私人の自由な意思に基づく各自の判断と責任において行われ、当事者が注意を払うことによって、取引行為による損害の発生を回避すべきものであって、行政機関による私人間の取引行為に対する規制は、慎重になされなければならないが、a商事から特に狙い撃ちされた者といえる控訴人らについては、このような自助努力だけで、右のように、巧妙、かつ、組織的に行われたb商法による被害の発生を回避することが相当に困難であり、右被害の発生を回避するためには、公取委によるb商法の規制が必要であったということができる。

ところで、前記第一で検討したとおり、公取委は、ぎまん的顧客誘引や不当表示に対し、排除措置命令等を発することができるところ、右排除措置命令や緊急停止命令は、警察の有する犯罪捜査権のように、当該行為を直接禁圧するものではないが、刑罰等をもって命令の内容を遵守するよう強制するものであるから、遵守される可能性は高く、前記認定のとおり、現に、ホリディマジック社事件において、排除措置命令が発せられるや、同社がこれに従い、独禁法等に該当する行為を中止していたのである。そして、証拠(甲ヘ7、原審証人M)によれば、公取委が不当表示の端緒を得てから、おおよそ、6ヶ月以内に景表法の排除命令を発していることが認められるのである。そうすると、仮に、公取委がa商事に対し、Fが来訪した時点で調査を開始し、審判手続を行って、金地金の現物が存在することを前提とした前記表示について、右表示を内容とするb商法の差止めや再発防止のため必要な措置をとることを内容とする景表法の排除命令を発することができたならば、a商事がこれに従ってb商法の中核をなす右表示を中止し、その結果、同商法自体が成り立たなくなって、控訴人らの被害も発生しなかった蓋然性が高いといわなければならない。

更に、右のb商法による被害の具体的危険の切迫性、行政機関による同商法規制の必要性及び排除措置命令や緊急停止命令の効力に加え、前提事実第二で認定した新聞報道、国会審議、消費者保護会議決定の状況に鑑みると、国民も公取委の右規制権限の行使を期待しうる状況にあったということができる。

2 ところで、金地金の現物の存在を前提とした取引の安全性、有利性に関する表示、すなわち、a商事が顧客に保有する金地金等を売却した上、その金地金を賃借し保管する旨の表示、及びファミリー契約を締結すれば、高額の賃借料及び金の値上がり益の二重の利益を取得できる旨の利殖条件の有利性に関する表示は、全体として、独禁法19条、2条9項、一般指定8項のぎまん的顧客誘引及び景表法4条1号及び2号の不当表示に該当することは、前記第三で認定説示したとおりであり、公取委は、右表示について第一で述べたような規制権限を有していたというべきである。

そして、第四の一で認定した事実によれば、昭和58年9月30日にFが持参した資料の中には、ファミリー契約が金地金等の存在を前提とする賃貸借契約であることを明記する「純金ファミリー契約証券」や、顧客がa商事に純金を預託して運用を委託することなどが記載されたパンフレットがあり、他方、a商事に金地金の現物が存在しないことを報道する新聞記事が含まれていたのであるから、これにFの公取委の担当者に対する説明も総合すると、これらは、右規制権限行使の端緒足りうるものというべきであり、右時点で排除措置命令等に向けて調査活動を行うことができたと考えられる。

しかるに、第四の一で認定した事実によれば、公取委は、b商法が金地金の取引を装って顧客から金銭を騙し取るというものであるとすれば、不公正な取引方法の問題の範ちゅうに入らず、独禁法や景表法で対応できる問題ではなく、第1次的には警察の問題であると判断していたのであり、その後も右判断が前提となっていたため、右調査活動を行っていなかった嫌いがあることは否定できない。しかし、前記のとおり、独禁法の適用を受ける「事業者」の意義や範囲を確定するに当たっては、専ら、競争秩序に影響を及ぼす経済的支配従属関係が生じうる経済的活動の主体であるかどうかを基準にし、その主体の主観的な目的を問わないというべきであって、このことは、「不公正な取引方法」該当性を判断するに当たっても同様であるから、公取委の担当者の右判断は、独禁法の目的や趣旨を理解しないことに基づく誤りというほかない。しかも、公取委の担当者は、右のように、「不公正な取引方法」について右のような見解をとりながら、右判断の当時はもとより、その後、b商法が破綻した昭和60年6月ころまでの間に、第二章記載のとおり、警察においてすら、捜査してもa商事を詐欺罪で立件できなかったのに、自らよく調査しないでFが持参した新聞記事や同人の説明だけをもとにa商事が会社ぐるみで詐欺罪を犯していると安易に決めつけていたものであって、右のような事実認定の方法も相当とはいいがたい。

3 しかしながら、第四の一で認定のとおり、E課長ら公取委の担当者は、a商事の行っていた金地金の現物の存在を前提とした取引の安全性、有利性に関する表示について、一応ぎまん的顧客誘引ないしは不当表示に該当するか否かについて検討を行っている。もっとも、E課長ら公取委の担当者は、右検討の結果、金地金の売買契約については、契約時点において、常に在庫を有している必要はないし、純金ファミリー契約についても、満期に同種、同銘柄、同数量の金地金を返還すればよいというものであって、常に金地金を保有している必要はない等と契約内容に拘泥した判断を行っているものの、右当時、Fから得た資料や情報からは、a商事の営業実態が十分把握できず、悪質業者と断定できるものではなかったのであるから、右のように契約書の条項に沿って形式的に判断したのもやむを得ないというべきである。

4 また、仮に、E課長ら公取委の担当者が金地金の現物の存在を前提とした取引の安全性、有利性に関する表示について、ぎまん的顧客誘引ないしは不当表示に該当する旨正しい判断をしたとしても、その規制権限を行使することはできなかったというべきである。

すなわち、第一の三で説示のとおり、公取委が勧告、審判、審決や緊急停止命令の申立てを行う場合には、それをなし得るだけの証拠ないしは相当の根拠がなければならないところ、第四の一で認定した事実によれば、公取委の担当者が昭和58年9月30日にFの来訪を受けて同人から得た資料や情報中には、第三で認定説示したような、a商事が顧客に金地金を売却した上、高額の賃借料を支払ってこれを賃借するという、a商事に金地金の現物が存在している旨の表示をしていたことを裏付ける証拠はあったものの、右表示が虚偽であること、すなわち、a商事に契約高に見合う金地金の現物が存在していないことについては、新聞記事やFの説明等によってある程度推測できたものの、客観的な裏付けがなく、公取委の担当者が右時点はもとより、その後においても、右時点で取得した以上に、右事実を認定できる的確な証拠を入手していたことを認めるに足りる証拠もないのであって、結局、公取委は、控訴人らを含む本件訴訟の第1審原告らの最終損害発生の日である昭和60年6月14日までの時点において、独禁法の排除措置命令や景表法の排除命令を発することはできなかったといわなければならない。

この点に関し、控訴人らは、公取委としては、通産省(資源エネルギー庁)に対して国内の金地金流通量等を照会して情報・資料を入手し、通産省や経企庁(国民生活センター)に照会して、被害者相談を通して把握しているa商事の売上高や新聞記事等を通じて、a商事が公言している売上高を調査することにより、国内の金地金流通量調査結果に照らして、a商事の契約高、すなわち、同社が保有しているはずの金地金量との間に、圧倒的な乖離が生じていること、換言すれば、a商事が個々の顧客の注文に対応した金地金を保有していなかったとの事実を認識し得たはずである旨主張する。しかしながら、証拠(甲イ17、原審証人N)によれば、資源エネルギー庁は、金地金の流通実態を把握するため、社団法人日本金地金流通協会を通じて情報を入手し、昭和58年7月からは主要な鉱山会社、金地金商、商社を対象に金地金流通実態調査を行っていたが、右実態調査の対象になっておらず、また、社団法人日本金地金流通協会の会員でない者の金地金の流通量や保有量等に関する情報は把握していなかったことが認められるのであって、これに、前記認定のとおり、a商事が営業を停止する直前の昭和60年5月ころまで、ファミリー契約に基づいて、金地金等の償還を行っていた事例のあることをも考えあわせると、資源エネルギー庁の把握している国内の金地金の流通量に比べて、a商事の契約高に見合う金地金量が多く、不自然であるとはいえても、a商事が資源エネルギー庁の調査によっては把握されない方法により金地金を調達していた可能性を全く否定し去ることはできない(a商事が償還用の金地金を自ら輸入したことがあり、また、社員等の個人名義で金地金商から仕入れたり、買収した金地金商から仕入れていたことは、第二章第二の三1(一)で認定したとおりである。)上、通産省や経企庁(国民生活センター)の被害者相談による情報や新聞記事も、これによってa商事の契約高ないしはこれに見合う金地金量を正確に把握できるわけではないことを総合して勘案すれば、右のような照会を行って控訴人ら主張の資料を入手したとしても、なお、a商事に現物が存在しないことを裏付ける証拠としては不十分であって、依然として、公取委は、a商事に独禁法の排除措置命令や景表法の排除命令を発することができないというべきであるから、控訴人らの右主張は採用できない。

更に、控訴人らは、公取委が独自の法定調査権限(独禁法40条・46条、景表法7条)を用いて、a商事から契約高と金地金の保有量の報告を徴したり、決算報告書等の関係帳簿の提出を命じれば、a商事の契約高及びその保有する金地金の数量を把握することができたはずであると主張する。しかしながら、第一の三で認定説示のとおり、公取委の規制権限は広範な裁量にゆだねられており、独禁法の強制調査権限についても、行使の要件が具体的に定められていないものの、右調査権限は、間接的であるにせよ、刑罰等によって相手方にこれを強制するものであるから、その行使は慎重でなければならず、右調査権限を行使するためには、違反する事実の存在について相当の理由があり、かつ、権限行使の必要性がなければならないと解すべきである。しかるに、公取委が取得していた前記資料及び情報だけでは、金地金の現物の存在を前提とした取引の安全性、有利性に関する表示が、ぎまん的顧客誘引や不当表示に該当すると認める相当な理由があるとまではいえないのであるから、公取委は、右調査権限を行使し、a商事から報告を求めたり、決算報告書等の関係帳簿の提出を求めたりすることもできなかったといわざるをえない。したがって、控訴人らの右主張も採用できない。なお、第四の一で認定したとおり、昭和58年9月30日にFが公取委を訪れ、E課長ら公取委の担当者にb商法の問題点を説明して公取委が独禁法ないし景表法でa商事を規制することができないものかと相談したことはあったものの、右は、予定されていた国会質問のために公取委の見解を事前に聞きにいったもので、公取委に適当な措置の採否についての通知義務がある書面での具体的な事実を摘示した報告(独禁法45条3項)ではないし、そもそも、同条1項の「報告」ともいえない上、その後、公取委に対しては、他省庁あるいは国民生活センターなどからb商法は独禁法や景表法に違反するのではないかという指摘もなく、また、被害者である控訴人らからの報告もなかったのであるから、右調査の必要性がないと判断してもやむを得ない状況にあったというべきである。

5 以上の諸点を総合考慮すれば、E課長ら公取委の担当者において、a商事に対し、前記規制権限を行使しなかったことについて不合理な点はあるものの、控訴人らの個別の権利利益との関係で、その権限不行使が条理に照らし著しいものであるとまではいいがたく、結局、E課長ら公取委の担当者には、前記規制権限不行使の違法性はないというべきである。

第四章法務省の責任 略

第五章通産省の責任 略

第六章連絡協力権限不行使の責任 略

第七章結論

前記のとおり、a商事は、会社ぐるみで組織的にぎまん的、詐欺商法である現物まがい商法を全国に展開し、従業員に高額の賞金を与えるとともに、厳しいノルマを課することにより、特に、世情に疎く、騙されやすい老人や主婦を狙い撃ちにして、マニュアル化された、巧妙、かつ、反社会的なセールストークを行わせ、マスコミの右商法に対する再三の批判的報道にもかかわらず、売上高(導入金額)を大幅に伸ばしてきたのであって、控訴人らの老後のための預貯金等の財産権がb商法により侵害される具体的危険が切迫していたところ、a商事から特に狙い撃ちされた者といえる控訴人らについては、自助努力だけで、巧妙、かつ、組織的に行われたb商法による被害の発生を回避することが相当に困難であったことは認められるところであるが、以上検討してきたとおり、控訴人ら主張の各省庁は、いずれも、迅速に、a商事ないしはb商法の実態を解明してその規制権限等を行使することができなかったのであって、その不行使が、条理上、著しく不合理であったとまで認めることはできない。

そうすると、控訴人ら主張の被控訴人の公務員のいずれについても、控訴人らの本件被害の発生に関し、違法な職務行為があったことを認めることができず、控訴人らの本件被害について、被控訴人が国家賠償責任を負うべき理由はないというべきであるから、控訴人らの請求はいずれも棄却すべきところ、これと同旨の原判決は、結論において相当である。

よって、本件控訴は理由がないから棄却し、控訴費用の負担につき民事訴訟法61条、65条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 田畑豊 裁判官 神吉正則 裁判官 奥田哲也)

判決要旨

第一 事案の概要

本件は、a商事株式会社(以下「a商事」という。)の商法により損害を被った控訴人らが、右損害を被ったのは、被控訴人がa商事に対して規則権限を行使しなかったからであるとして、被控訴人に対し、国家賠償法1条に基づく賠償を請求した事案である。

第二 a商事の実態(前提事実)

一 a商事の設立から破綻に至るまでの経緯

1 a商事の前身は、A(以下「A」ともいう。)が、昭和52年ころ、名古屋市内において、個人で「a商事」という名称を用いて、金の商品取引を行うための証拠金名下に、一般大衆から金銭を集める仕事を始めた後、昭和53年7月8日、これを会社組織として設立された、同じ商号の「旧a商事」である。

2 a商事は、昭和56年4月22日、旧a商事の金先物取引によって生じた債務の切断を狙って設立されたが、右債務を全て切断することはできず、設立当初から右債務の内20億円余りを引き継いでいた。

a商事は、昭和56年9月以降、ファミリー商法を中心とする営業活動を展開し、ファミリー契約による導入金を増加させるため、営業社員等に対するノルマの設定及び歩合給の支給を行う一方、営業店舗の増設に力を注いだ。

その結果、a商事は、導入金額を順調に伸ばしていったが、人件費等の経費や、Aが商品先物取引に導入金を次々に投入していたため、既に、昭和57年ころから資金繰りに窮し、関連会社も収益を上げていなかったことから、導入金で経費や償還金をまかなう自転車操業のような状態であった。

そのため、a商事は、償還の先送りを狙って、昭和58年7月から、契約期間を5年、賃借料を5年間で75パーセント支払うこと等を内容とする5年ものファミリー契約を導入したり、組織の新体制の確立を図る等して、導入金の増大を図った。

3 しかし、昭和60年5月22日、a商事の元社員が起こした恐喝事件の大阪地方裁判所における公判審理において、a商事が第3期(昭和59年3月期)決算で約417億円の累積赤字を抱えていることが判明したと報道されるに及んで、ファミリー商法による導入金も殆ど集まらなくなった。

a商事は、昭和60年6月10日ころには、ほぼファミリー契約証券の販売を停止していたが、同月18日、a商事の代表取締役であり、a商事グループの総帥であったAが刺殺されるに及び、同年7月1日午後1時、大阪地方裁判所から破産宣告がなされて破産管財人が選任された。

二 ファミリー商法の構造

1 ファミリー契約の内容

a商事のファミリー商法は、純金等の売買契約と純金等の「ファミリー契約」を組み合せたものである。すなわち、まず、顧客がa商事から純金等を購入するという内容の売買契約を締結して、顧客から売買代金と所定の売買手数料を受け取り、次いで締結する純金ファミリー契約の内容は、純金についての注文者(顧客)、受注者(a商事)間の賃貸借契約の形式をとり、所定の「賃貸借料」を支払うとされている。他方において、契約期間満了時における純金の返還については、同種、同銘柄、同数量の純金を以って返還するものとされ、また、昭和59年3月ころまでは、右純金による返還に代えて契約満了日の取引価格により換算した金銭で支払うこともできるとされていた。

2 ファミリー契約の実態

ところが、実際は、a商事は、顧客に見本のインゴットを見せるだけで、顧客との間で金地金の現物の受け渡しを行っていなかったし、契約時点では、これに見合う金地金等の在庫を有しておらず、契約期間が満了し償還する間際にこれを仕入れるのが実態であった。

三 導入金獲得のための行為

1 反社会的な勧誘とその対象

(一) 勧誘方法の概要

(1) 電話での勧誘

a商事のテレフォン嬢が、無差別に面談の電話をかけ、断定的に拒絶せず、強引に出向けば面談可能との感触さえ得られれば、営業社員が訪問していたのが常態であった。

(2) 現物売買の勧誘

営業社員は、電話勧誘によって感触が得られた顧客宅を訪問し、金の3大利点(金は、換金自由で現金と同様であり、税金がかからず、値上りが確実である)なるものを強調して勧誘し、金地金を購入するのは銀行に預金するのと同じで、預貯金の目減りを防止する有効な手段であるなどとも説明した。

(3) ファミリー契約の勧誘

a商事のファミリー商法においては、顧客が金地金の売買契約の締結に同意すると、基本的には、顧客宅では手付金のみを受け取り、残余金は会社で支払って貰うことにして、会社でこれを勧誘していた。

そして、契約締結に成功すると、営業社員は、銀行等に同行して現金を引き出させ、あるいは社員自らが現金を引き出し、顧客には純金ファミリー契約証券等の書類と計算メモを渡すだけというのが通例であった。

(4) 現物の裏付けの強調

a商事の営業社員は、この現物売買とファミリー契約の一連の勧誘過程で、口頭説明(セールトーク)とともに、一貫してa商事が勧誘する契約は金地金の現物に裏付けられていること、そして、それ故に安全・確実・有利であることを強調していた。

(二) 研修

a商事では以上のような勧誘方法を全社一体となって遂行するため、社員研修に非常に力を入れ、断る顧客に対し、その断り文句ごとに切り返し文句が用意され、マニュアル化されたセールストークを徹底して暗記させた上、a商事の営業マン心得等として、「最低5時間粘れ」などと徹底して指導した。

(三) 勧誘行為の対象

a商事は、ファミリー商法の顧客として、1人暮らしの老人や家庭の主婦に狙いを定めていた。

2 会社組織の拡大と実態の秘匿

a商事は、優良・堅実な一流企業に見せかけるため、大阪駅前の1等地に本店を置き、1県に1支店若しくは1営業所の設置をめざした支店の拡大を行い、高額な給与で従業員を次々と雇い入れた。更に、a商事は、海外にも現地法人を設立していた。また、a商事は、劣悪な財務状態が知れると、ファミリー商法による導入金が入らなくなることを恐れ、世間や社員に対しその内情を秘匿していた。

四 導入金の運用実態

a商事の資金の運用は、専らAの裁量によって行われていたところ、Aは、ファミリー商法により集めた資金を、商品先物取引等に注ぎ込んでいたが、a商事の資金を浪費するだけであり、また、導入金を食い潰すのみの会社で、倒産は必然的であった。

五 a商事の倒産による被害の広範性・深刻性

a商事の破産手続において確定された債権は、b商法によるものが大多数を占めるところ、同商法による被害者は、日本全国にまたがっており、被害者全体の6割強が60歳以上の老人であり、60歳未満の被害者には無職の主婦が多く含まれていた。これらの人々がファミリー契約によりa商事に交付した金銭の多くは、老後の生活資金等にするため、倹約を重ねて蓄えてきた預貯金や、退職金等であって、まさに「いのち金」というべきものであった。これらの人々の中には、このような「いのち金」を根こそぎ奪われ、被害のショックから自殺を考えたり、ノイローゼになったりする者もいたのであって、その被害は単に経済的なものにとどまらないものがある。

第三 争点

本件の主要な争点は、被控訴人がa商事に対して規則権限を行使しなかったことが違法であるかどうかという点にあるが、特に、①警察庁が各都道府県警においてa商事の幹部社員を詐欺罪、出資法違反の罪及び外為法違反の罪により検挙することを抑止したかどうか、②公取委が独禁法及び景表法による規制を行わなかったことが違法かどうか、③法務大臣がa商事の解散命令を裁判所に申請しなかったことが違法かどうか、④通産省がa商事に行政指導をしなかったことが違法かどうか、⑤消費者保護会議ないしは経企庁が各省庁間の連絡調整をしなかったことが違法かどうかということが問題となる。

第四 争点に対する判断

一 総論

1 公務員の不作為による国家賠償責任

国賠法1条1項の「公権力の行使」には、権力的行政作用のみならず、行政指導などの非権力的行政作用も含まれ、また、作為のみならず不作為の態様のものも含まれると解されるところ、公務員の不作為が右条項の「違法」と評価されて国または公共団体の賠償責任が認められるためには、公務員が個別の国民に対して負担する職務上の法的義務違反と評価できる作為義務に違反することを要する。

そして、公務員の権限不行使が職務上の法的作為義務に違反するか否かは、権限の根拠となる法令のみならず、慣習・条理等をも斟酌し、具体的な事情の下で当該公務員に権限が付与された趣旨・目的に照らし、その不行使が著しく不合理であるかどうかによって決せられるべきであり、行政作用法上の根拠規定なく行われる行政指導といった行政庁の事実行為等についても、同様に判断すべきである。

2 控訴人ら主張の裁量権収縮論について

公務員の権限不行使が作為義務に違反し、違法となるか否かを判断するに当たっては、控訴人らが主張する事情のみならず、権限不行使の前後にわたる一切の事情、すなわち、公務員の権限不行使が著しく合理性を欠くか否かは、行政権限の行使に裁量権を付与した法の趣旨、目的、当該法規の定める裁量の幅の大小、規制ないし監督の相手方及び方法等を前提として、控訴人らが主張するような①危険の切迫性、②危険の認識または予見可能性、③回避可能性といった事情や、④補充性、⑤国民の期待といった権限行使の不行使が違法と判断されることについて積極的に作用する事情のみならず、権限行使に支障となる事情の存否、従前の同種事例において行政庁の採った措置との均衡、当該事案において行政権限を行使しない代りに、その前後にわたり具体的に採られた行政措置の有無とその内容といった、右判断に消極に作用する事情、更には、直接の加害者、被害者側の個別具体的な事情等諸般の事情を総合考慮して決すべきであるから、右①ないし③の事情のみをもって、公務員の規制権限不行使の違法性を判断しようとする控訴人らの主張は採用できない。

3 控訴人ら主張の「言明論」について

行政庁により控訴人ら主張の「言明」がなされたことは、当該行政庁の公務員の権限不行使が著しく不合理であるかどうかを判断するための具体的な事情の1つにすぎないというべきである。

そして、被控訴人の行政庁が、ある事象に対して言動や決定を行った場合、それが果たして規制権限の行使を意味しているのかどうかをまず確定する必要があるし、また、右言動や決定が規制権限の行使を意味するものであるとしても、その内容は千差万別であって、公務員の規制権限不行使の違法性判断に及ぼす影響にも程度の差があることから、それがいかなる規制権限を、どのような時期に、どのように行使するものなのか等具体的に確定した上で、他の事情と総合考量し、公務員の権限不行使が具体的な状況下において、著しく不合理であるか否かを判断する必要があるというべきである。

4 被控訴人主張の反射的利益論について

抗告訴訟の原告適格と国家賠償請求の違法性とは判断の場面を異にするばかりか、抗告訴訟と国家賠償請求とは制度の趣旨も違い、判断すべき要素も異なるから、取消訴訟の反射的利益論を考慮して国家賠償訴訟にも取り入れ、規制権限を定めた行政法規が専ら公益保護を目的としている場合には、個別の国民との関係で、その不行使が国賠法1条の適用上、違法と評価される余地はないとの被控訴人の主張は、失当といわなければならない。

本件では、控訴人らは、被控訴人の規制権限不行使によって財産権を侵害されたと主張し、国家賠償を請求するものであって、被侵害利益の保護法益性があることは明らかであるから、右被侵害利益と関連性のある公務員の規制権限行使の作為義務が認められるかが問題となるにすぎない。そして、権限の根拠となる法令が当該被侵害利益を直接保護の対象としないものであったとしても、直ちに当該公務員の規制権限行使の作為義務が否定されるわけではなく、更に、慣習・条理等も斟酌し、具体的な事情の下で当該公務員に権限が付与された趣旨・目的に照らし、その不行使が著しく不合理であるかどうか等から、その関連性が検討されなければならない。

二 警察庁の責任

1 警察庁の規制権限

(一) 警察庁は、全国的ないし広域事件の犯罪捜査に関し、一定の限られた範囲内において、都道府県警察の行う具体的事件の捜査に影響を及ぼすことができるのであり、その限りにおいては、a商事に対する犯罪捜査に関しても、警察庁が右調整権限を有していたということができる。

(二) 被控訴人主張の反射的利益論について

犯罪捜査権を有する警察官は、犯罪行為によって損害を受けた被害者に対し、当該犯罪行為の捜査を行うべき法律上の作為義務を負っているわけではないが、警察職員が、既になされた犯罪行為について、犯罪捜査権限を行使しないことが警察法の趣旨・目的に照らして著しく不合理であって、具体的な状況の下で警察職員に右権限を行使すべき条理上の作為義務(職務上の法的作為義務)がある場合のあることを全く否定することはできないといわざるを得ない。

2 警察庁の調整権限行使上の積極的過誤の有無

(一) b商法の犯罪該当性

(1) 詐欺罪

① 「現物まがい商法」自体による詐欺

b商法における契約の性質は、金地金等の売買契約とその消費寄託契約と解されるところ、a商事の社員が金地金の売買契約においては金地金の現物売買であることを強調し、その後のファミリー契約においても、金地金の現物がa商事に存在するかのように装って勧誘行為を行うなど、殊更にb商法の実態を仮装・隠蔽することは欺罔行為に当たるといわなければならず、b商法は、それ自体、詐欺罪の構成要件に該当するa商事の組織的犯罪行為であったと認めるのが相当である。

② セールストークによる詐欺

ア 「換金自由」とのセールストークについて

一般的経済流通機構の点からみれば、金は「換金自由」な物品ということができるが、b商法の実態からみると、a商事の営業社員が行っていたこのセールストークは客観的事実に反する。

イ 「無税」のセールストークについて

a商事の営業社員が行っていた、無税という説明は、いかなる場合においても税金の支払いを適法に免れることができるという誤解を顧客に与えかねない不正確なものであったというべきである。

ウ 「値上がり確実」のセールストーク

金地金は、相場商品であって、確実に値上がりするものではなく、確実に値上がりするとのセールストークは、客観的事実に反し、虚偽というべきである。

エ そして、右セールストークは、商品の宣伝において、社会通念上、許容される程度の誇張があったというにとどまらず、反社会的で違法なものであるといわなければならず、a商事の営業社員が金の3大利点を強調するセールストークにより、顧客にファミリー契約を締結させて金銭の交付を受ける行為は、詐欺罪を構成する。

③ 「福岡年金トーク事件」における詐欺

「福岡年金トーク事件」におけるa商事福岡支店の営業社員の行為は、詐欺罪に該当するというべきである。

④ 償還不能による詐欺

a商事は、設立当初から多額の負債を抱えて自転車操業を繰り返していたものであり、その資産状態も、昭和59年3月末日時点で資産約374億円に対し負債約788億円となる等、著しい債務超過に陥っており、しかも、a商事は、いわば導入金を食い潰すのみの会社であったといえること等からすると、a商事は、遅くとも昭和59年3月末の時点において、完全に経営の破綻を来していたにもかかわらず、昭和59年4月以降もb商法を継続していたのであるから、a商事の幹部社員には右時点以降顧客にファミリー契約を締結させて金銭を交付させたことについて詐欺罪が成立する。

(2) 出資法違反の罪

① 出資法2条違反の罪について

出資法2条1項の「預り金」というためには、「元本保証」のあることが必要であるところ、b商法の実態に鑑みると、「元本保証」があるとはいえないから、右商法をもって出資法2条1項違反の罪の構成要件に該当するということはできない。

② 脱法行為処罰規定の適用について

b商法においては、「元本保証」があるとはいえず、右商法は、出資法2条1項違反の罪の構成要件に該当しないから、出資法8条1項2号(脱法行為の処罰規定)の適用もないというべきである。

(3) 外為法違反罪

a商事の海外事業部長の地位にあったB(以下「B」ともいう。)は、単独、あるいは、Aらa商事の社員らと共謀の上、無届けによる対外直接投資に係る金銭の貸付契約に基づく債権の発生に係る資本取引、支払手段の輸出入といった多数の外為法違反行為を行った。

(二) a商事に対する強制捜査の可能性

(1) 詐欺罪について

① 現物まがい商法による詐欺に基づく強制捜査の可能性

大阪府警などの都道府県警察が、現物まがい商法による詐欺を被疑事実として、a商事本社に対する捜索差押許可状の発付を受けるためには、a商事に契約高に見合うだけの金地金が保有されていないことを疎明しなければならないところ、大阪府警は、第2回対策会議が開催された昭和59年5月までには、これに関し、内部協力者からの情報を得、また、右対策会議において、警察庁から「昭和57年度の日本国内における金地金の供給状況、消費状況を数値で表した実績表」の提供を受けたことは認められるが、右内部協力者からの情報は、大阪府警の捜査官が元経理課員の協力者を通じて得られた伝聞供述である上、その供述内容も、右内部協力者の推測の域を出ないものであり、証拠価値の乏しいものといわざるを得ない。

また、右実績表も、金地金流通協会加盟の業者に関するものである上、個別企業の取引量等を具体的に記載したものではない等、証拠価値の乏しいものといわざるを得ない。

そして、a商事が営業を停止する直前の昭和60年5月ころまで、ファミリー契約に基づいて金地金等の償還を行っていたことをも考えあわせると、右内部協力者の情報や、実績表だけでは、a商事が契約高に見合う金地金を保有していないことを疎明するに足らず、現物まがい商法による詐欺を被疑事実としてa商事本社に対する捜索差押許可状の発付を受けることはできなかったといわなければならない。結局、各都道府県警察は、現物まがい取引に基づく詐欺によってa商事本社に対する捜索等の強制捜査を行えなかったというべきである。

② 償還不能詐欺に基づく強制捜査の可能性

ア 償還不能詐欺を被疑事実としてa商事に対する捜索差押許可状の発付を受けるためには、a商事がその時点において償還不能の状態に陥っていることを疎明しなければならない。そして、a商事が償還不能というためには、a商事の営業内容や、右時点のみならずそれ以前のa商事の財務状態及び損益状況等を総合して判断しなければならないところ、各都道府県警察及び警察庁は、第2回対策会議が開催された昭和59年5月ころまでに、a商事の財務状態が相当に悪化していることを窺わせる情報、a商事が導入金を莫大な人件費や家賃などに費消した上、残りの金員についても商品取引相場に注ぎ込むなど不健全な運用をしていることを窺わせる情報等を得ていたということができる。

しかしながら、各都道府県警察及び警察庁が得ていた右情報は、主として協力者からの記憶や推測に基づく供述で、しかも、その内容は、概括的、かつ、断片的で、a商事全体の財務状態や損益状況を正確に把握しうるものではないというべきであるから、右のような情報だけを疎明資料にして、a商事に対する償還不能詐欺を被疑事実とする捜索差押許可状の発付を受けることはできないといわなければならない。結局、各都道府県警察は、償還不能詐欺を被疑事実としてa商事に対する捜索差押を実施することができなかったというべきである。

イ 各都道府県警察や警察庁が、a商事が大阪国税局の指導の下に作成した修正後の第1期及び第2期の決算報告書を入手しておれば、それまで入手していた情報と相まって、償還不能詐欺を被疑事実としてa商事に対する捜索差押許可状の発付を受けられる可能性は十分にあったと考えられるが、大阪府警等の各都道府県警察や警察庁が税務署に照会しても、税務職員の守秘義務の関係からこれらの決算報告書を入手することはできず、他に、その可能性があったと認めるに足りる証拠はない。

③ セールストークによる詐欺に基づく強制捜査の可能性

前述のとおり、セールストークは、詐欺罪の欺罔行為といえるところ、各都道府県警察が右セールストークを欺罔行為とする詐欺罪によってa商事に対する捜索差押許可状の発付を受けるためには、a商事に契約高に見合うだけの金地金が保有されていないこと等を疎明しなければならないが、各都道府県警察や警察庁が、右事実を裏付ける疎明資料を入手していたと認めるに足りる証拠はないから、結局、a商事に対し、セールストークによる詐欺を被疑事実として捜索差押許可状を得、これを実施することはできなかったといわなければならず、各都道府県警察が右捜査権限を行使しなかったとしても違法とはいえないというべきである。

④ 「福岡年金トーク事件」による強制捜査の可能性

「福岡年金トーク事件」については、a商事福岡支店の社員らに、右態様による詐欺の共謀関係を認めることはできるものの、これらの者とa商事本社の幹部社員らとの間に、右共謀関係を認めることは困難である。

のみならず、その態様から詐欺であることが明らかではあるが、右事件を解明するためにa商事の決算報告書や帳簿類を押収する必要があったとまではいいがたい。

したがって、福岡県警の捜査官は、「福岡年金トーク事件」を被疑事実として、a商事本社に対する捜索差押許可状を得て、同所に対する捜索差押を実施し、a商事の決算報告書や帳簿類等の書類を押収することはできなかったというべきである。

(2) 出資法違反罪による強制捜査の可能性

b商法が出資法2条の預り金禁止規定に違反するといえず、同法8条1項2号の脱法行為の処罰規定も適用できないから、前提要件を欠くといわざるを得ない。

(3) 外為法違反罪による強制捜査の可能性

兵庫県警は、昭和59年5月ころに開催された第2回対策会議までには、C及びBに関する外為法違反の嫌疑を抱き、第2回対策会議の時点の後まもなく、両名の海外渡航の事実や大蔵省の許可の有無などの裏付け資料を入手できたと考えられる。

しかしながら、BのCに対する5000万円の交付については、CやBの供述内容からは、右行為に対するBの犯意が明らかではなく、右時点における捜査結果だけでは、右被疑事実について、捜索差押許可状の発付を受けられる程度の疎明があったということはできない。また、C及びBの外為法違反の右各行為が同人らの個人的犯行であるとしか認められず、右事実だけを被疑事実としてa商事本社に対する捜索差押許可状の発付を受けることはできなかったというべきである。

結局、兵庫県警の捜査官が、昭和60年6月15日まで右被疑事実によってa商事に対する捜索差押を実施しなかったとしても、右捜査権限の不行使が遅延していて違法であるとまではいえないというべきである。

(三) 調整権限行使上の積極的過誤の有無

(1) 詐欺罪該当性を否定した過誤の有無

① 「現物まがい商法」自体による詐欺罪該当性、償還不能による詐欺罪該当性及びセールストークによる詐欺罪該当性を否定した過誤の有無

右各詐欺については、前述のとおり、大阪府警等の各都道府県警察は、これらを裏付ける事実を疎明するに足りる資料を入手できず、a商事に対する捜索差押許可状の発付を受けることができなかった上、a商事は、金地金が保有されていないことを仮装する手段として、契約期間満了時には同種、同銘柄、同数量の純金等を返還するものとされ、その法的性質が消費寄託契約と解されるファミリー契約を顧客との間で締結していたものであるところ、これを一応適法な取引行為の範ちゅうの行為と考えたとしてもやむを得ないところであって、D経済調査官ら警察庁幹部の第1回及び第2回対策会議において示した各見解は、いずれも右各行為について、調整権限行使上、格別の過誤はないというべきであり、大阪府警等の都道府県警察が、a商事に対して、右各被疑事実により捜索差押等の本件強制捜査を行うことを不当に抑止したものということはできない。

② 「福岡年金トーク事件」の詐欺罪該当性等を否定した過誤の有無

D経済調査官らが「福岡年金トーク事件」について、福岡支店ぐるみの詐欺をも否定したことは相当でないものの、「福岡年金トーク事件」に基づいて、a商事本社に対する捜索差押等の強制捜査を行うことはできなかったのであるから、その限りにおいては、右見解を不当ということはできず、D経済調査官ら警察庁幹部の右行為は、調整権限行使上の過誤はないというべきであり、D経済調査官ら警察庁幹部の右行為をもって、福岡県警がa商事に対し、「福岡年金トーク事件」により本件強制捜査を行うことを不当に抑制したものということはできない。

(2) 出資法違反罪による刑事摘発を抑止した過誤の有無

b商法が出資法2条及び同法8条1項に違反しないとの判断を示したD経済調査官ら警察庁幹部の第1回及び第2回対策会議における各行為は正当であって、D経済調査官ら警察庁幹部の第1回及び第2回対策会議における右各行為には、調整権限行使上格別の過誤はないというべきである。

(3) 外為法違反罪による刑事摘発を抑止した過誤の有無

第2回対策会議当時、兵庫県警が把握していたa商事の外為法違反に関する各被疑事実のみによっては、a商事の会社ぐるみの組織的犯行であることを疎明することができないため、a商事に対する捜索差押等の強制捜査を行うことはできなかったのであり、D経済調査官ら警察庁幹部がa商事の組織的犯行であることを裏付けるために余罪の捜査を行うよう指示したことは正当であるから、D経済調査官ら警察庁幹部らの右行為には調整権限の行使上格別の過誤はなく、D経済調査官ら警察庁幹部の右行為をもって、兵庫県警が外為法違反罪の容疑でa商事事件を早期に刑事摘発することを不当に抑止したものということはできない。

3 調整権限行使義務及びその違反の有無

(一) 調整権限行使による刑事摘発の可能性

前述のとおり、警察庁ないし大阪府警が任意捜査の方法により、税務官庁からa商事の右決算書類を入手することは税務職員の守秘義務の関係でできなかったのであるから、昭和59年春ころまでに、a商事の償還不能性を十分解明し、a商事に対する本件強制捜査に着手することができなかったというべきである。

(二) また、第1回及び第2回対策会議当時に、警察庁、各都道府県警察において、出資法違反罪、詐欺罪、外為法違反罪によりa商事に対し捜索差押等の強制捜査をするのに必要な裏付け資料を入手しておらず、かつ、これを入手しうる状況にもなかったのであるから、昭和58年11月の時点においてa商事事件対策会議を開催する意義があったとは認められないし、また、第2回対策会議において、警察庁が各都道府県警察に対し、b商法が出資法違反であり、詐欺罪に該当するとの判断を示し、かつ、具体的、積極的に調整することは困難であったのであって、権限行使の前提要件を欠くというべきである。

(三) してみれば、D経済調査官ら警察庁幹部には、控訴人ら主張のような調整権限行使義務もその違反もなかったというべきである。

三 公取委の責任

1 被控訴人の反射的利益論について

独禁法及び景表法は、いずれも公正かつ自由な競争秩序の維持、すなわち、公共の利益の実現を直接の目的としており、このような見地から、公取委に種々の規制権限を与えているものと解される右目的にとどまらず、右規制を通じて、究極的には、一般消費者の利益を保護することを目的としており、独禁法及び景表法の規制も右究極目的を実現するための手段と解することができるのであって、具体的な事情の下において、個別の国民の権利利益との関係で、公取委の公務員が右規制権限を行使すべき条理上の法的作為義務があり、これを行使しないことが右独禁法等の究極目的に反し、著しく不合理である場合があることを全く否定することはできないから、公取委の公務員の規制権限行使の作為義務を一切否定する被控訴人の反射的利益論に基づく主張は採用できない。

2 a商事の事業者性

競争秩序維持を目的とする独禁法の立場に照らすと、独禁法2条1項の「事業」とは、経済的取引を行うこと、すなわち、反復継続して、経済的利益を給付し、これに対する経済的利益の反対給付を受けることをいうものと解するのが相当であり、「事業者」とは、反復継続して経済的利益の交換を行う者をさすものというべきである。

そして、a商事の行ったb商法の取引実態に照らせば、a商事は、独禁法2条1項の「事業者」に当たる。

3 b商法の不公正な取引方法ないし不当表示該当性

(金地金の現物の存在を前提とした取引の安全性、有利性に関する誤認的表示について)

b商法において行われていた、金地金の現物が存在する旨の表示は、すでに述べたように虚偽であり、a商事が供給する役務の内容について、実際のものよりも、「著しく優良または有利」であると一般消費者に誤認させるものであり、右表示内容を前提に、ファミリー契約を締結すれば、高額な「賃借料」及び金の値上がり益の二重の利益を取得できる旨の表示も、ファミリー契約によりa商事が提供する役務の内容が実際のものより「著しく優良または有利」であると一般消費者に誤認される虚偽の表示といわなければならない。

そして、これらに関する表示は、全体としてみれば、金融業等の業界の公正な競争秩序を歪めるものといわなければならず、競争者である金融機関等の顧客を自己と取り引きするよう「不当に」誘引するものというべきである。

したがって、a商事が顧客に保有する金地金等の現物を売却し、この金地金等を賃借して保管する旨の表示、及びファミリー契約を締結すれば高額の賃借料及び金の値上がり益の二重の利益を取得できる旨の利殖条件の有利性に関する表示は、全体として、独禁法19条、2条9項、一般指定8項のぎまん的顧客誘引及び景表法4条1号及び2号の不当表示に該当する。

4 公取委の認識ないし認識の可能性

E課長ら公取委の担当者は、a商事は独禁法等の規制対象である「事業者」に当たらないと考えていたが、a商事が金地金の現物が存在する旨の表示及びこれを前提とした利殖条件の有利性についての表示を行っていたことは認識していたし、a商事が契約高に見合う金地金を保有していないことについても、強い疑念を抱いたものということができ、前提となる事実関係についての認識はあったということができる。

5 公取委の規制権限不行使の違法性

(一) 遅くとも昭和59年5月の時点において、控訴人らをはじめとする個別の消費者の財産権がb商法により侵害される具体的危険が切迫していたところ、E課長ら公取委の担当者は、遅くとも、右時点において、控訴人ら消費者の財産権に対する具体的危険が切迫していたことを認識していたものということができる。

そして、一般的に、私人間の取引行為については、当事者が注意を払うことによって、取引行為による損害の発生を回避すべきものであって、行政機関による私人間の取引行為に対する規制は、慎重になされなければならないが、a商事から特に狙い撃ちされた者といえる控訴人らについては、このような自助努力だけで、前述のように、巧妙、かつ、組織的に行われたb商法による被害の発生を回避することが相当に困難であり、被害の発生を回避するためには、公取委によるb商法の規制が必要であったということができる。

ところで、公取委の行う排除措置命令や緊急停止命令は、当該行為を直接禁圧するものではないが、刑罰等をもって命令の内容を遵守するよう強制するものであるから、b商法の差止めや再発防止のため必要な措置をとることを内容とする景表法の排除命令を発することができたならば、a商事がこれに従ってb商法の中核をなす右表示を中止し、その結果、同商法自体が成り立たなくなって、控訴人らの被害も発生しなかった蓋然性が高く、国民も公取委の右規制権限の行使を期待しうる状況にあったということができる。

(二) ところで、公取委は、金地金の現物の存在を前提とした取引の安全性、有利性に関する表示が欺まん的顧客誘引及び不当表示に当たることから、これについて規制権限を有していたところ、昭和58年9月30日にFが持参した資料や同人がした説明は、右規制権限行使の端緒足りうるものというべきであり、右時点で排除措置命令等に向けて調査活動を行うことができたと考えられるが、b商法が金地金の取引を装って顧客から金銭を騙し取るというものであるとすれば、不公正な取引方法の問題の範ちゅうに入らず、独禁法や景表法で対応できる問題ではなく、第1次的には警察の問題であるとの誤った判断をしていたため、右調査活動を行っていなかった嫌いがあることは否定できず、しかも、自らよく調査しないでFが持参した新聞記事や同人の説明だけをもとにa商事が会社ぐるみで詐欺罪を犯していると安易に決めつけていたものであって、事実認定の方法も相当とはいいがたい。

(三) しかしながら、E課長ら公取委の担当者は、a商事の行っていた金地金の現物の存在を前提とした取引の安全性、有利性に関する表示について、一応ぎまん的顧客誘引ないしは不当表示に該当するか否かについて検討を行っており、右検討の結果、金地金の売買契約については、契約内容に拘泥した判断を行っているものの、右当時、得ていた資料や情報からは、a商事の営業実態が十分把握できず、悪質業者と断定できるものではなかったから、右のように判断したのもやむを得ないというべきである。

(四) また、仮に、E課長ら公取委の担当者が金地金の現物の存在を前提とした取引の安全性、有利性に関する表示について、ぎまん的顧客誘引ないしは不当表示に該当する旨正しい判断をしたとしても、その規制権限を行使することはできなかったというべきである。

すなわち、a商事に契約高に見合う金地金の現物が存在していないことについては、ある程度推測できたものの、客観的な裏付けがなく、公取委の担当者が右時点はもとより、その後においても、右時点で取得した以上に、右事実を認定できる的確な証拠を入手していたことを認めるに足りる証拠もないのであって、結局、公取委は、控訴人らを含む本件訴訟の第1審原告らの最終損害発生の日である昭和60年6月14日までの時点において、独禁法の排除措置命令や景表法の排除命令を発することはできなかったといわなければならない。

(五) 右のとおり、E課長ら公取委の担当者において、a商事に対し、前記規制権限を行使しなかったことについて不合理な点はあるものの、控訴人らの個別の権利利益との関係で、その権限不行使が条理に照らし著しいものであるとまではいいがたく、結局、E課長ら公取委の担当者には、前記規制権限不行使の違法性はないというべきである。

四 法務省の責任

1 被控訴人の反射的利益論について

法務大臣の各規制権限は公益維持の観点から行使されるものであるところ、法務大臣に右各規制権限を付与した法の趣旨に照らすと、具体的な事情の下において、個別の国民の権利利益との関係で、法務大臣が右規制権限を行使しないことが右法の趣旨に反し、著しく不合理であって、法務大臣にこれを行使すべき条理上の法的作為義務がある場合があることを全く否定することはできないから、法務大臣の右規制権限行使の法的作為義務を一切否定する被控訴人の反射的利益論に基づく右主張は、採用できない。

2 a商事の商法58条1項該当性

b商法の実態、被害の重大性等によれば、遅くとも昭和59年5月当時において、法務大臣が、a商事に対し、右各法条に基づき警告発出及び会社解散命令請求の各規制権限を行使するために必要な具体的要件が客観的には充足されていたということができる。

3 法務大臣の認識または認識可能性

(一) 消費者保護会議による認識または認識可能性

第15回及び第16回消費者保護会議における各決定が、a商事の行う現物まがい商法であるb商法自体を違法とし規制することを内容とするものであると認めるに足りる証拠はなく、むしろ、a商事等の行う個々の悪質な勧誘行為について、「取締りの強化等各種法令の厳格な運用」を決めたものと解することができるから、坂田法務大臣等が右消費者保護会議において得た情報は、b商法において行われる個々の勧誘行為が悪質であることを認識するに足りる程度のものであったと考えられる。

また、第15回及び第16回消費者保護会議決定の内容を決める消費者行政担当課長会議の席上で、法務省の担当職員が他省庁から右商法58条1項1号及び3号該当性等を基礎づける事実を裏付ける情報を得ていたと認めるに足りる証拠はない。

(二) 国会審理に基づく認識または認識可能性

昭和59年3月12日及び同60年2月8日の各衆議院予算委員会における草川議員の各質問と、これに対するG刑事局長の各答弁、更に昭和59年4月12日の衆議院物特委におけるH刑事課長の答弁の内容から、a商事に商法58条1項1号及び3号に該当する事由があることを認識していたとすることはできない。

(三) 警察庁との協議による認識ないし認識の可能性

警察庁が第1回対策会議の開催に先立ち、法務省刑事局担当官との間で協議を行っていたことは認められるものの、その際、警察庁担当官から、商法58条1項1号及び3号該当性等を基礎づける事実を裏付ける情報まで提供されたとは考えがたい。

(四) 各省庁の通知義務に基づく認識または認識可能性

(1) 通産省の通知義務

通産省が昭和57年6月に資源エネルギー庁と共同で行った、a商事のI東京支店長等に対する調査結果、「かしこい消費生活へのしおり」の記載内容、また、通産省商務サービス産業室のJ総括課長補佐の昭和57年10月20日の全協連理事会での発言等から、直ちに、商法58条1項1号及び3号該当性等を基礎づける事実を裏付ける資料と情報を通産省が有していたと認めることはできない。

(2) 経企庁の通知義務

経企庁の監督下にある国民生活センターの職員が、昭和57年3月30日に、a商事のK取締役と面会した際になされた回答や調査結果、あるいは同センターにおける相談内容から把握していた内容からは、a商事の個別の勧誘行為に悪質な場合が多いこと等の事実は裏付けられても、a商事に契約高に見合う金地金の現物が存在しないこと、a商事が収益を上げるような行為を行わず、導入金を食い潰すのみの会社であって早晩倒産する必然性を有していたこと、a商事が償還不能の状態に陥っていたこと等の事実を裏付けるものとしては不十分な内容といわざるを得ない。

したがって、その監督官庁である経企庁も、法務省に対し、通知義務を生じるような重要な資料や情報を入手していなかったというべきである。

(3) 警察庁、公取委の通知義務

警察庁及び公取委は、いずれもa商事の商法58条1項1号及び3号該当性等を基礎づける事実を裏付けるに足りる資料を入手しておらず、法務省に対し通知義務はなかったというべきである。

(五) 多岐にわたる調査権限による認識ないし認識の可能性

法務大臣による商法58条の会社解散命令の申立てや警告発出に関しては、現行法上、法務大臣が強制的に関係者から事情聴取したり、資料の提出を求めたりする等の調査権限の根拠となる具体的な規定はない。そして、控訴人らの主張する①法務省設置法、②法務省組織令、③非訟事件手続法134条ノ4、16条、④人権侵犯事件調査処理規程も右調査権限の根拠となるものではない。

また、各法務大臣が職権で任意に調査を行ったとしても、各省庁から右事実を裏付けるような資料や情報を入手できたとは考えがたいところであり、各法務大臣等に右事実についての認識または認識可能性があったとはいえない。

4 法務大臣の規制権限行使義務及びその違反の有無

先に説示したところからも明らかなように、法務大臣が商法58条1項該当の事実を裏付ける資料や情報を入手できなかったのであるから、客観的にも、商法58条の会社解散命令の申立てをしたり、警告を発出したりする相当な理由がなく、これらの規制権限を行使することができなかったというべきである。

したがって、右各法務大臣が、b商法による控訴人らの本件被害の発生を防止するため前記各規制権限を行使しなかったことが条理に照らして著しく不合理であるとはいえず、右各法務大臣の権限不行使が条理上の作為義務に違反し違法であるとはいえない。

五 通産省の責任

1 行政指導の不作為の違法性

行政指導裁量の広範性と行政指導権限行使の謙抑性に鑑みると、行政指導を行わないことが行政庁の義務の懈怠になることは原則としてないというべきであるが、行政指導の意義や役割に鑑みると、行政作用法上の根拠規定なく行われる行政指導についても、公務員が当該具体的事情下において、その所属する行政庁の所掌事務に属する行政指導を行わなかったことが、慣習、条理等に照らして著しく不合理であって、職務上の法的作為義務に違反する場合があることを全く否定することはできない。

2 通産省がa商事に対し行政指導を行わなかったことの違法性について

(一) 通産省がa商事に対し、消費者保護のため行政指導を行うことは、その所掌事項の範囲内のものであり、関係法令等に準拠して行いうるものと認められるところ、a商事に対し何らかの行政指導を行うのが妥当であったということができる。

(二) ところで、行政指導は、法的拘束力がないとしても、事実上の強制的要素を伴うものであるから、相手方の営業の自由などにも十分配慮して慎重に行われなければならないし、控訴人ら主張の行政指導を行うためには、行政指導を行うだけの相当な理由(裏付けとなる根拠)がなければならないというべきである。しかしながら、通産省は、b商法の違法性を裏付けるだけの資料や情報を有していたとはいえず、したがって、右行政指導を行うだけの相当な理由があったとはいいがたいというべきである。

(三) 更に、控訴人ら主張の行政指導は、b商法を営むために設立されたa商事に対し、任意にb商法を止めさせることを内容とするものにほかならないから、a商事の任意の同意、協力を期待しがたいものであり、a商事において任意にb商法を止める意思のなかったことも推認することができる。

(四) 結局、通産省がa商事に控訴人ら主張の行政指導はもとより、その他の行政指導も行わなかったことが著しく不合理であるということはできない。

3 他省庁との連絡協力義務違反

(一) 公取委及び法務省に対する連絡協力義務の違反

(1) 前述のとおり、公取委は、独禁法の排除措置命令や景表法の排除命令を発することはできなかったのであり、このことは、通産省(資源エネルギー庁)が保有する国内の金地金流通量等に関する資料・情報や被害者相談を通じて把握している情報等の提供を求めても同様である。

(2) また、前述のとおり、通産省は、裏付けとなるような重要な情報を入手していなかったことから、法務大臣に非訟事件手続法134条ノ4、同法16条による通知をすることができず、法務大臣において右事実を認識しまたは認識しえず、会社解散命令の申請や警告の発出をすることができなかった。

(3) したがって、通産省の情報提供により、公取委及び法務省がそれぞれ有する規制権限の行使を容易になし得、その結果、控訴人らの被害を防止し得たとはいえない。

(二) 警察庁に対する連絡協力義務の違反

警察庁において、強制捜査のための令状発付を求めるに足りる疎明資料を入手していなかったことは前述のとおりであるところ、通産省もb商法の違法性を裏付けるに足りる資料や情報を入手していなかったのであるから、通産省の情報提供により警察庁がその有する規制権限の行使を容易になし得、その結果、控訴人らの被害を防止し得たとはいえない。

六 連絡協力権限不行使の責任

1 消費者保護会議の責任

(一) 消費者保護会議は、消費者保護基本法に基づき総理府に設置される行政機関であって(同法18条1項)、国家行政組織法上のいわゆる附属機関(同法8条の3、総理府設置法13条1項)にあたるところ、現在、経企庁、大蔵省、通産省、法務省、国家公安委員会、公取委を含む18省庁の長が構成委員となっており、その構成委員等からみて、消費者行政の企画、実施に関する事実上の最高意思決定機関であるということはいえるが、法令上、他の省庁を下部機関として統合する行政機関としての位置付けはなされていない。また、その権限も、目的の共通ないしは関連する一般的な施策を審議し、右施策の実施権限を有する各省庁が個別事案に対応するよう具体的な施策に引き直して実施することにより、右決定の実現を図るというものである。したがって、消費者保護会議は、法令上は、これを構成する18省庁の長が対等の立場によって協議を行う行政機関にすぎず、消費者保護会議を各省庁の上位機関として各省庁と一体のものと捉える控訴人らの右見解は採用できない。

(二) 消費者保護会議決定の意義

右のような消費者保護会議の法的地位からすると、消費者保護会議決定は、審議の結果を事実上取りまとめたもので、法律上行われるものではなく、同決定によって取りまとめられた施策も、「実施を推進する」ものとされるにとどまり、もとより、右決定に法的効果を付与する具体的な法令上の根拠規定もないし、消費者保護会議決定がなされたからといって、一般的施策に関して、同会議の委員を長とする、ある省庁の把握する個別事案の具体的な情報を他の省庁も認識し、あるいは認識可能であると法的に扱うこともできない。

したがって、右決定がなされたからといって、直ちに、消費者保護会議の構成員を長とする省庁・行政委員会相互間に、控訴人らが主張するような法的な連絡調整義務を認めることも困難というべきである。

2 関係6省庁の連絡協力義務懈怠による責任

(一) 連絡協力義務の有無及び各省庁の連絡協力不作為の違法性

消費者保護会議の性質、決定の効力は、前述のとおりであるが、同会議が行う決定に、法的効力はないにせよ、その構成員であるほとんど全ての省庁の長が賛同しており、事実上、消費者行政の最高の意思決定であることからすると、右決定の趣旨・内容等に照らして、各省庁の消費者行政を担当する公務員が他省庁との連絡・協議をしなかったことにより、他省庁が消費者行政に関する権限を行使できなかった場合において、右連絡・協議をしなかったことが条理に照らして著しく不合理で、当該公務員の法的作為義務に違反すると認められる場合があるというべきである。

(二) 第15回及び第16回消費者保護会議決定の対象とその内容

第15回及び第16回消費者保護会議決定の対象とその内容については、前述のとおりである。

(三) 6省庁の連絡協力の不作為の違法性

第15回及び第16回消費者保護会議の決定内容が右のとおりであったため、消費者保護会議に参加する省庁は、右各決定後の昭和59年5月当時、b商法自体の規制の必要性やそのための各省庁の連絡・協力の重要性を認識することができなかったということができる。そして、その後、右各省庁の認識ないしは認識可能性を変えるような事情があったとは認められない。

以上のようなこと等からすると、控訴人ら主張の6省庁がb商法自体の規制について右主張のような連絡・協力を行わなかったとしても著しく不合理であるとまではいえないというべきである。

3 経企庁の責任

(一) 経企庁の所掌事務とa商事問題

b商法は、前述のとおり、それ自体が刑罰法規に触れ、かつ、公序良俗に反する違法な商法であった上、a商事は、遅くとも昭和59年5月ころには償還不能の状態に陥っていたにもかかわらず、右商法を全国的に展開させて多数の被害者を発生させ、しかも被害金額は毎年増加する傾向にあり、マスコミや国会審議にもたびたび取り上げられていたこと等の事実を総合すれば、a商事問題は、右当時、もはや個別企業の問題を超えた基本的施策を要する重要問題となっていたというべきである。

(二) 経企庁の「総合調整」権限不行使の違法性

経企庁の「総合調整」権限は、「基本的な経済政策及び計画」についてなされるものであって、いかなる場合にこれを行うかについては規定がなく、高度の政策的判断が求められるものであるから、実施の有無及びその方法については、経企庁の広範な裁量に委ねられていることは否定できないが、経企庁の「総合調整」権限の不作為についても、具体的な事情の下で当該公務員に当該権限が付与された趣旨・目的に照らし、その不行使が著しく不合理である場合があることを全く否定することができないといわなければならない。

ところで、前述のとおり、a商事問題が重要問題となっており、警察庁及び各都道府県警察あるいは通産省等における個別の施策が奏功せず、b商法による被害が年を追って増加していたことからすると、被控訴人は、b商法自体を規制するため、総合的な見地に立って何らかの新たな施策を講じなければならず、そのためには各省庁が連絡・協力を行うことが客観的には必要な状況であったということができる。

しかしながら、経企庁が、第15回及び第16回消費者保護会議決定後の昭和59年5月当時はもとより、その後昭和60年5月ころまでの間、b商法自体の規制の必要性や、そのための各省庁の連絡・協力の重要性を認識することができなかったこと、また、経企庁が控訴人ら主張の6省庁会議の開催を呼びかけ、同会議が開催されて、控訴人ら主張の連絡・協力がなされたとしても、b商法自体を規制することができなかったことも前述のところから明らかである。

(三) 以上のようなことからすれば、L課長ら経企庁の担当者において昭和60年6月に至るまで6省庁会議の開催を呼びかけなかったこと等前記権限不行使が条理に照らして著しく不合理であるとまでは認めがたい。

七 結論

前述のとおり、a商事は、会社ぐるみで、組織的に、ぎまん的詐欺商法である現物まがい商法を全国に展開し、従業員に高額の賞金を与えるとともに、厳しいノルマを課することにより、特に、世情に疎く、騙されやすい老人や主婦を狙い撃ちにして、マニュアル化された、巧妙、かつ、反社会的なセールストークを行わせ、マスコミの右商法に対する再三の批判的報道にもかかわらず、売上高(導入金額)を大幅に伸ばしてきたのであって、控訴人らの老後のための預貯金等の財産権がb商法により侵害される具体的危険が切迫していたところ、a商事から特に狙い撃ちされた者といえる控訴人らについては、自助努力だけで、巧妙、かつ、組織的に行われたb商法による被害の発生を回避することが相当に困難であったことは認められるところであるが、以上検討してきたとおり、控訴人ら主張の各省庁は、いずれも、迅速に、a商事ないしはb商法の実態を解明し、その規制権限等を行使することができなかったのであって、その不行使が、条理上、著しく不合理であったとまで認めることはできない。

そうすると、控訴人ら主張の被控訴人の公務員のいずれについても、控訴人らの本件被害の発生に関し、違法な職務行為があったことを認めることができず、控訴人らの本件被害について、被控訴人が国家賠償責任を負うべき理由はないというべきであるから、控訴人らの請求はいずれも棄却すべきところ、これと同旨の原判決は、結論において相当である。

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